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茅ヶ崎映画祭 西川美和監督 ロングインタビュー

第12回 茅ヶ崎映画祭 は10月22日、西川美和監督作『すばらしき世界』(2021年公開)をイオンシネマ茅ヶ崎にて上映した。
今もっとも新作の待たれる映画監督の一人である西川監督に、次作や制作の舞台裏を聞いた。

 映画監督 西川美和

西川美和(にしかわ・みわ)1974年広島県生まれ。早稲田大学第一文学部卒。2002年に『蛇イチゴ』でオリジナル脚本・監督デビュー。続く長編作品に、『ゆれる』(06)、『ディア・ドクター』(09)、『夢売るふたり』(12)、『永い言い訳』(16)。佐木隆三の小説『身分帳』を原案とした最新作『すばらしき世界』(2021年・主演:役所広司)は、シカゴ国際映画祭外国語映画部門観客賞、第76回毎日映画コンクール監督賞、第64回ブルーリボン賞監督賞など受賞。小説では、『ゆれる』『きのうの神様』『その日東京駅五時二十五分発』『永い言い訳』。エッセイに『映画にまつわるxについて』『遠きにありて』『スクリーンが待っている』などがある。


すばらしき世界

実在した男をモデルに「社会」と「人間」の今をえぐる問題作。下町の片隅で暮らす、短気だがまっすぐで優しい男・三上正夫(役所広司)。彼は、人生の大半を刑務所で過ごした元殺人犯だった。そんな三上に若手テレビマン・津乃田(仲野太賀)がすり寄るのだが…。

第56回シカゴ国際映画祭【観客賞】【最優秀演技賞(役所広司)】、第45回トロント国際映画祭正式出品作品、第47回シアトル国際映画祭【観客賞】を受賞するなど、海外からも高い評価を受けている。 

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©️佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会

——『すばらしき世界』はコロナ下での公開でした。

公開時はイベントらしいイベントもなくて、海外の映画祭はすべてオンラインでの参加でした。この作品についてお客様の前で話す機会がものすごく少なったので、今日は久しぶりのよい機会をいただきました。ありがとうございます。

——  これまでの作品と異なり、『すばらしき世界』は他の人の小説が原作です。

完成度の高い小説ほど、おそらく映画化はうまくいかないだろうなと思っています。多くの人物を登場させるために一人一人が薄くなり、あらすじのようになってしまうからです。ベストセラー小説はファンも多いですし、読者のなかにイメージもありますから、出来の良すぎるストーリーを映画の数時間におさめるのは難しいです。そういった意味で、他の人の書いたものには手を付けないようにしていました。(絶版だった『身分帳』は)注目されていなかったですし、ストーリーらしいストーリーがない小説なので、自由に撮れるのではないかと思いました。誰もが見過ごしてしまったダイヤモンドの欠片を見つけたような気持ちでした。

——  ダイヤモンドだと思われたことが勝ちですよね。

村上春樹さんの『ノルウェイの森』が大ヒットしていた時代に、昭和初期あるいは中期のような匂いの強い、刊行時から時代遅れだと言われていた小説だったようです。それを30年ほど経ってから読んだわけですが、古さはなくて、むしろ煌めきみたいなものを感じました。著者の佐木隆三さんもおっしゃっていましたが、小説に書かれた古い世界が今もそのままに取り残されています。再犯率の上昇傾向といった問題もありますし、古臭いようでいてじつは普遍的なテーマだと思ったことが、映画化したポイントだったかもしれません。

——  すばらしい『すばらしき世界』というタイトル。

『身分帳』のままでは時代劇のような印象になってしまうから、別のタイトルをつけてくださいと配給サイドから言われました。そこで、内容とは矛盾を孕むような『すばらしき世界』というタイトルを考えました。風呂敷を広げてしまったかなという思いもあって、当初は自信がありませんでした。だけど撮影を重ねていくうちに、役所広司さんが少しずつ少しずつ日常を取り戻していく主人公を演じる様がとても愛おしくなりました。七転八倒して、いろいろな葛藤に苦しみながらも何とか人生をやり直そうとする姿が、とても美しかったのです。撮影の途中から、このタイトルでいいんだと自信がつきました。

——   制作の流れは、小説〜脚本〜映画という順番なのでしょうか。

プロセスは映画ごとに違います。なにが一番その映画にとって相応しいプロセスなのか、毎回新しいことにトライしながらやっています。『すばらしき世界』は『身分帳』という中身の詰まったテキストを題材にしてやってみるというとてもよい経験ができたので、次作では、またオリジナル原作に戻ってみようと思っています。小説って自由ですから、なにを書いてもお金がかからない。売れっ子作家ではありませんので、何時いつまでにとも強く言われないですし、いくらでも調べて、いくらでも時間をかけて、出来たものが短くても長くてもそんなに文句を言われない。サイズとお金を気にしないで書けることが自由なのです。

—— 映画化が前提にあって小説を書くのですよね。

監督としての感覚は4割くらいで小説を書いています。映画のために物語を書こうとすると、まずは自分に許される条件にあわせて、登場人物と場所と場面の数や時代設定などをそこに当てはめて料理していくことになりますから、書きたいけれど書かないことの方が多いのです。そうすると、ほんとうは映画にした方がよい要素まで書かずじまいになることが起こり得るので、まずはフリースタイルで(小説を)書いています。ただし、映画だったら、きれいな夕陽が沈むところをカメラで撮っていただければ、言葉にできない世界をたくさんの情報量で伝えることができますが、小説はどれだけ美しい夕陽なのかを自分の言葉で書かなければなりません。一つ一つの言葉の完成度も求められるので、それはそれで時間はかかります。そうやって小説を書いて、(映画の)土台を作りつつ進めていますが、これでは何年経っても完成しないと思い至り、現在は小説を一旦休んで脚本作りに切り替えました。映画制作が落ち着いたところで、もう一度小説に戻って完成させたいと思っています。左手でキャラクターの性格やバックグラウンドをすべて小説に書き込みながら、右手で脚本を書いていくという作業をこの数年間やっています。

—— 映画監督はそこまでするのですか。

キャラクターの設定を細かく書いていくのは、脚本を自分で書く監督ならばやっていらっしゃることだと思います。皆さんは、作っているけれど世に出さないだけです。私は文章を書くことが好きなので、冷蔵庫の残り物を最後に集めて料理するように小説にして(映画制作を)終わらせる。半分趣味みたいにしてやっています。

—— そんな夜食のような小説が過去に二度も直木賞の候補にあがりました。

やっぱり、それは本業の方が取るべきです。直木賞はともかく、小説が書けるくらいの下地を作っておかないと、映画監督をやるという自信が持てないんですよね。四方八方から数十名のスタッフや俳優の質問を受けて、それを説明していくことが監督の唯一の役割なので、物語やキャラクターに関しては自分が一番わかっているという下地を作っておかないと現場に立てないというところがあります。

—— その準備に数年間は必要なわけですね。

もっと早ければよいと思っているのですけれど。是枝監督のように、同時に複数の事柄を進行させていくようなことができる方もいらっしゃれば、私は一つのことしかできないので時間がかかってしまいます。作り手もいろいろです。

—— 映画監督イ・チャンドンは元々小説家でしたよね。

自分とはタイプが異なると思いますが、ものすごく尊敬しています。韓国で、あんな風に自分の作品スタイルを守って、それがずっと支持されていて、世界中から尊敬されている監督って、韓国映画界のなかでも数名ほどではないでしょうか。作品ごとのインパクトとテーマの鋭さにその都度ファンは打ちのめされますし、アジアにあんな先輩が居てくださることは希望だよね、と同世代の監督たちとも話をします。何度かお会いしたこともあります。ものすごくやさしい方です。物静かで、どんな撮影現場なのだろうと想像しますが、きっと変わらないのでしょうね。

——   国内の興行だけでは限界ですか。

エンタメといわれるタイプの作品もそうですし、作家的な作品もそうですが、日本国内の人だけが観る視点で映画を作る時代は、さすがに限界を超えたのかなという感じがしています。映画はいろいろな国の人と交歓しながら、お互いを知り、分かち合っていくことができるメディアです。映画だけをやってきた人間にとったら寂しい部分もたくさんあるのですが、配信が普及することで、すごくハードルの高かった世界中の人に観てもらえるというチャンスも出てきました。行ったこともないような地域で、これからの映画監督にファンができるかもしれませんし、以前はカンヌ、ヴェネツィア、ベルリンの国際映画祭で評価されないと海外での一般公開はなかったのですが、違うかたちで日本の作品が観られていく可能性も増えていくと思います。いろいろな映画祭の現地で、作品をずっと観ていますと言ってくれる方に出会うとうれしいですし、勇気づけられます。それができるカルチャーなのだという自覚を持ってやっていきたいです。

——   次作はそういった意識も持ちつつ。

世界中の人に観てもらいたい映画にしていけるかなと思っています。来年一年をかけて準備して、再来年には撮影して公開までいけたらいいのですが、まずは資金調達です。そこが映画の一番大変なところです。映画は芸術でありながら同時に興行でもあるという、非常に特殊な文化・芸能です。お金のことは気にしなくていいですよ、誰にもわからないストーリーだけど10億円かけてもいいですよ、と言ってもらえる監督はたぶんいないと思います。自分よりもキャリアが長く、いろいろな世界の賞を受賞されている日本の監督たちでも、予算がまったく上がらず、同じようなレベルのご苦労をされている話をたくさん聞きます。経験のある監督がきちんとキャリアアップして、より豊かな環境や体制で映画が撮れるようになること、そのためには業界全体や映画ビジネスに関わっている私たち自身が変えていく意識を持っていかなきゃいけないなとも思います。スマホやパソコンでも映画を観ることはできますが、劇場で観る体験は別のものです。映画を観ることの豊かさを、映画を好きな人が誰かに伝えてくれて、それが続いていくとまたよい映画も生まれます。全部がつながっているのです。よいファンがいないと、よい作り手が育ちません。よい映画をかけてくれる劇場が必要ですし、その劇場を皆で支えていかないといけないということもあります。

——   公的な支援も必要です。

一番に不要不急と言われてしまうジャンルだということが、ここ何年かで顕著になりました。ですが、お金になることだけが重要ではないと思います。生活の質というものがあがらないと、いつまでも貧困や争いごとはなくならない。映画に限らずいろいろなものを鑑賞して、自分の生活圏内とは違うものを見聞きできる、普通の人が自由に触れられる環境を整えていくことが重要かなと思います。お金のある人だけが豊かな文化に触れられるのではなくて、小学生が、アニメだけじゃなくて大人の観るような映画を無料で観られる日があるとか、そんなことから変わってくるのかなとも思いますね。

——   それこそがすばらしき世界。

ほんとうにそうですね。

——   今日は貴重な時間をどうもありがとうございました。

ライター:小島秀人(カノア) ヘアメイク:TAKAKO

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