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茅ヶ崎でうまれた、真冬に咲くサクラソウ『ライムグリーンフサコ』草花愛好家 渡邊房子
それは2003年のことでした。草花愛好家の渡邊房子さん(以下、房子さん)は、庭先で育てていた純白のサクラソウの中に、ほんの少し緑がかったクリーム色の花を発見します。
ほとんどの人が見過ごすレベルの違いで「純白」のサクラソウの中に「ほんの少し緑がかったクリーム色」の花を見つけた房子さんは、すぐにこれが発見であることに気がつきます。庭に咲く全てのサクラソウを探してみたところ、約100株の中から同じ色を3株見つけました。
これはタネの会社に伝えなければと、連絡したところ「3株のうちの1株を送ってください、弊社のタネをいく袋か差し上げます」と回答がきました。準備はしていたものの気乗りがせず、とりあえず3株からタネを取っておきました。
還暦記念の「品種登録」
タネを蒔いたところ、「ほんの少し緑がかったクリーム色」の花がたくさん咲き、突然変異の原種だと確信します。周りの人の後押しもあって品種登録をしてみようと思い立ちました。
「ちょうど60歳になる年齢だったし、還暦の記念にしようと思っただけだったの。時間がかかってもやってみようと思いました」
牧野富太郎(植物学者)の本で〈花を見つけた人が名前を付けられること〉を知ったのは子供の頃。実現にむけて心が躍ります。
「農林水産省出願受理16945」
品種登録をやると決めたものの、どうやって行うのだろう。房子さんの格闘の日々が始まりました。
書類とタネ1000粒の送付が必要だということまでわかるまでにまず一苦労。書類には花びらの形や数、サイズをはじめ、気の遠くなるような記載事項があります。官庁独特の表現にも慣れずに戸惑いました。
最大の特徴である花の色については平塚の農業試験場に花を持って行きカラーチャート(色見本)と照合、なんとか申請書を完成しました、タネが取れない時期だったので後から送ることで承諾されました。
書類の受理番号は「農林水産省出願受理16945」になりました。
農水省では送られてきた1000粒のタネを農業試験場で実際に撒いて、申請書と照らし合わせます。
「ある年の1月に封書が届いたんです。6月に試験栽培しますっていうので喜んだんですけど、よく読んだら翌年の
6月でした」
房子さんが笑い話にしているエピソードです。
「誤認混同の恐れあり」
品種番号は3年半後の2007年に登録されました。房子さんが最初につけた登録名は『プリムラ・マラコイデス・ライムグリーン』。プリムラ・マラコイデスは学名で、その後ろに花の色であるライムグリーンを入れました。しばらくすると「誤認混同の恐れあり」と改善命令が届きます。
「品種登録番号15599 さくらそう ライムグリーンフサコ」『ライムグリーンフサコ』の誕生
「1ヶ月以内に新しい名前をつけなかったら、この件は却下します」
最初につけた名前は通らず、苦し紛れに自身の名前を入れた『プリムラ・マラコイデス・ライムグリーンフサコ』が晴れて正式名称になりました。
農林水産省に登録されているのは「品種登録番号15599 さくらそう ライムグリーンフサコ 渡邊房子」。
幼い頃、牧野富太郎に憧れていた草花愛好家は50数年の時を経て〈花に名前をつける〉という夢を実現しました。
サクラソウの原種を集めた図鑑、『世界のプリムラ』に掲載
2007年発行の『世界のプリムラ』(原種・さくらそう・オーリキュラ・ポリアンサス:誠文堂新光社)に掲載されました。花の写真と一緒に肩書きと名前が載る。「生産者」や「育種家」が並ぶなか、房子さんのそれは「趣味家」。
「私としては素人がプロになったような気がして嬉しかったです」
図鑑は40年ぶりにカラーになったそうで、タイミングが良かったと房子さんは語ります。
大手企業との契約と解消、そして個人での販売を開始
商品名は『ウインティーライムグリーン』。最初に第一園芸、その後サントリーフラワーズ、2007年から2016年まで9年間独占販売契約を締結していました。その販売数は2009年が最高で85000株に及びました。
販売契約解消後は商品名を『ライムグリーンフサコ』に戻して、生産者さんの協力を得ながら湘南地域を中心に販売しています。
繊細にみえるけれど、原種なので野生的で強い。真冬に咲くサクラソウ「ライムグリーンフサコ」
野生的で丈夫。『ライムグリーンフサコ』は極寒の時期に咲きます。もともと虫が活動しない時期ということもありますが、花を育てていると一定数出てくる病気もほとんどないのだそう。 これらの難点が少ないという特徴は『ライムグリーンフサコ』が「原種であること」が大きく関わっています。
「先祖をたどると高山植物なこともあって、雪や気温がマイナスの環境でも育ちます。半日陰や北向きの玄関先など日光がない所でも育ちます。水を好みますので、たっぷり与えると3〜4ヶ月咲き続けますよ」
カメラ:渡邊房子・位田明生 / ライター:小嶋あずさ