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チガサキゴトよ、チーガ

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茅ヶ崎出身の絵本作家、びっくりな生活とお仕事「あずみ虫」

春から夏の半年間をアメリカ合衆国アラスカ州で暮らす絵本作家のあずみ虫さんをご存知ですか。アルミ板のカッティングという手法で絵本を作る人気作家です。懸命に生きるアザラシのあかちゃんを描いた『アザラシのアニュー』は、2024年度「青少年読書感想文全国コンクール」課題図書の小学校低学年の部に選ばれました。

昨年5月に発売された絵本『アラスカのむかしばなし よあけのはこ』は、クリンギット族の語り部であるボブ・サムさんが文を、2024年に92歳で亡くなった詩人の谷川俊太郎さんがその翻訳を手が17けたものに絵をつけた話題作です。

絵本作家になるきっかけや毎年アラスカで生活する理由を知りたくて、出発前のあずみ虫さんに話を聞きました。

絵本作家のあずみ虫 さん
プロフィール/1975年生まれ。絵本作家、イラストレーター。2010年に講談社出版文化さしえ賞受賞。2016年に『わたしのこねこ』で産経児童出版文化賞美術賞を受賞。2018年よりアラスカに通いはじめ、現在はアラスカと日本を行き来しながら作品を制作している。絵本は、『ぴたっ!』(福音館書店)『いもむしってね…』(福音館書店)『おねぼうさんは だあれ?』(Gakken)『おまつり』(白泉社)『つるかめ つるかめ』(あすなろ書房)『じゅう じゅう じゅう』(福音館書店)『ホッキョクグマのプック』(童心社)『アザラシのアニュー』(童心社)『よかったなあ』(理論社)『アラスカのむかしばなし よあけのはこ』(あすなろ書房)ほか多数。あずみ虫は、安西水丸氏によって名づけられたペンネーム。

4歳から絵画教室(※1)に通っていました。油絵や日本画など、いろんな画材で描かせてくれたり、美術画集なども鑑賞させてくれる教室でした。小学生のときに、砂漠にライオンがいる絵を描いたのですね。そうしたら、教室の先生が「こんな絵があるよ」と言って、アンリ・ルソーの「眠るジプシー女」を見せてくれたのです。そのすばらしい絵に衝撃を受けたことを覚えています。大きな絵も描かせてもらいました。生徒にあわせて自由に描かせてくれる、とてもよい教室に通わせてもらいました。感謝しています。

——  どんな子どもでしたか。

とにかく絵を描くことが好きで、家でもチラシの裏などにいつも描いていました。絵本も好きで、母と茅ヶ崎市立図書館に通っては絵本を借りていましたね。

——  絵を描いていきたいと 意識されたのは。

高校に入る頃から美大受験を目指しましたが、その先のイメージは無かったです。それまで自由に描いていたから、受験用のデッサンや平面構成が苦痛で、だんだんと描くことが辛くなっていきました。高校2年生のとき、「美大に行くのやめよう。絵は趣味でいいかな」という気持ちになりました。3年生になって、母が絵本の専門学校を薦めてくれたんです。その頃ビネッテ・シュレーダー(ドイツ)やリスベート・ツヴェルガー(オーストリア)といった海外の絵本作家が大好きだったので、自分に合っているかもと思い、その専門学校へ行くことにしました。学校では片山健さんやスズキコージさん、長新太さんなどすばらしい日本の作家を教えてもらいました。絵本の奥深さを知って、より好きになりました。

——  卒業後は。

デザイン会社に就職して、グラフィックの仕事をしました。商業カタログの、文字を組むような仕事が多かったです。あるとき、たまたま芝居のポスターを制作することになって、自分で絵を描いたんです。やっぱりこっちの方がしっくりくるんです。忙しかったので、イラストの勉強をしたいと思っても両立は難しくて、デザイン会社を辞めて実家に戻ることにしました。アルバイトをしながら、パレットクラブスクール(※2)という夜間の学校でイラストを学びました。

絵が変わった瞬間

——  安西水丸さんに師事します。

イラストレーターや編集者などプロの講師が、毎週入れ替わって実践的なことを教えてくれました。学校長の安西さんは、授業も受け持っていました。作品ファイルが講評される授業で、「君は今の時代をまったく見ていないね。とにかく本屋に行って絵をたくさん見てきなさい」と指導されたんです。自分の眼を開かせてくれましたね。それまで暗めの絵を描いていたのですが、軽やかな色にがらりと変わりました。すると、これまでイラストの公募に出してもかすりもしなかったのに、雑誌「イラストレーション」のザ・チョイス(毎号異なる審査員が優秀作品を選ぶコンペ)に入るようになって。安西さんの個人塾にも通うようになりました。

——  ご指導の賜物。

細かく描きすぎる欠点がありました。細かくてもよい絵はたくさんありますが、自分の作品はよい絵ではありませんでした。個性がないことにも悩んでいて、絵柄を変えては毎回模索していました。そんなときに、アメリカのフォークアートを紹介する書籍『アトランタの案山子、アラバマのワニ』(※3)のなかに、ブリキを切ってペンキで絵をつけたR・A・ミラーの作品を見つけました。安西さんから、「君もブリキを切ってみたらいいじゃないか」と助言されて切ってみたら、一発でよい絵ができたんです。偶然によって生まれたいびつなカタチがすごくおもしろかったです。細かく描いてしまう欠点も、硬いブリキでは物理的に無理なので、それも無くなりました。カッティ

ング作品になったら、HBファイルコンペやTIS大賞といった賞もいただけるようになりました。カッティングのフォルムが個性になってくれました。頭でひねり出そうとあんなに模索していた個性は、画材を変えたことにより自然に生まれてくれて、絵を描くことがより楽しくなりました。

——  絵を描くことが仕事に。

カッティング作品をデザイン会社などに持ち込むと興味をもってくれて、それがイラストの仕事につながっていきました。装幀家から声をかけていただき、本の装画も描くようになりました。本屋さんに自分の描いた表紙の本や雑誌のカットが並ぶと、そこからまた別の仕事も入ってくるようになって、徐々に仕事が増えてイラストレーターになれました。ありがたいです。

—— 絵本を手がけるようになったのは。

ある雑誌を見てくれた出版社から、「この人の絵は絵本に合う」と言っていただき、『たのしい おでかけ』という図鑑絵本の絵を担当しました。その後、動物をモチーフにした作品展を見にきてくれた別の出版社の方から、「動物の親子がぴったりと寄り添う絵本を作ってみませんか」と声をかけてもらいました。それが『ぴたっ!』です。続けて『いもむしってね』を作りました。その頃、私はアゲハ蝶の幼虫を飼っていて、編集者さんにその話をしたら、「ちょうど今、いもむしの絵本を描いてくれる作家を探している」ということで、この仕事が舞い込んできました。その後は絵本を見かけた別の編集者さんからも声がかかり、いろいろな絵本を作れるようになりました。

下書きなしで、0.3ミリ厚のアルミ板を金属用のハサミでカットしていく。
アルミ板が水をはじいてしまうので、アクリル絵具を そのまま(あるいはごく少量の水で溶いて)彩色する。

実感して描きたい

—— アラスカとの接点は。

母親の後を懸命に歩いていたホッキョクグマの子 Photo by:あずみ虫

『イニュニック 生命』という本のなかで星野道夫さんが、オオカミに追われて命からがら逃げきったカリブーが5分後にはもう平然と草を食んでいる、大袈裟でない死について書かれていました。その野生の世界にすごく魅了されましたね。星野さんが写真と文章で伝えてくれるアラスカに魅かれて、いつか行きたいと思うようになっていきました。2017年に、銀座の月光荘サロン「月のはなれ」で、アラスカの動物たちをテーマに描いた作品展を開きました。その月光荘のオーナーが、若い頃に星野さんに憧れてアラスカへ行った旅の思い出を聞かせてくれました。

——  そんなことを聞いたらもう。

ちょうど野生動物の絵本を描きたいとも思っていて、アラスカの動物たちを自分の目で観察して、実感して描きたいと、行くなら3か月くらいはちゃんと行きたいと思い、計画を立てました。ネットや本、知り合いから情報を集めて、お金を工面して、1年後に行きました。

——  まずはどこへ。

星野さんが19歳の時にアラスカへ行くきっかけとなった、北部の小さな島、シシュマレフへ行きたいと思いました。それから、星野さんのエッセイで、デナリ国立公園にあるワンダーレイクキャンプ場のすばらしさを知って、目的地が定まっていきました。紅葉が観たくて2週間ほどそのキャンプ場を予約しました。キャンプしたことがなかったので、茅ヶ崎駅近くのモンベルに通ってテントの張り方を教えてもらい、寝袋やダウンジャケットなどの用具を揃えました。旅の準備をしているときに、たまたま写真家の大竹英洋さんを紹介されました。今度アラスカへ行きますと伝えると、彼は隣国のカナダへホッキョクグマを見に行くと言い、「行きますか」と誘われたので、「行きます!」と即答しました。チャーチルにある以前は観測所だったロッジに泊まり、歩いて野生のホッキョクグマを観察するツアーに参加することができました。ホッキョクグマと自分を隔てるものがなく、同じ空間にいられるのはとても素晴らしい経験でした。アラスカのフェアバンクスに住むカメラマンの河内牧栄さんのツアーでは、ダルトンハイウェイを北極圏まで北上して、ジャコウウシやカリブーの群れを観察しました。ワンダーレイクキャンプ場では、デナリ国立公園に毎年来ているというドイツ人のペーターさんと知り合って、カリブーを追ったり、5頭の真っ白いオオカミが草原を走り抜ける姿を目撃したり、一緒に公園内を周りました。

立派なツノの雄のカリブー Photo by:あずみ虫
100頭ほどのトドの群れ  Photo by:あずみ虫
ザトウクジラの親子。母親のお腹の下から顔を覗かせる子クジラ。  Photo by:あずみ虫

ボブ・サムさんとの出会い

さらに、アラスカ先住民に会いたいのなら、とボブ・サムさんを紹介してもらい、彼の暮らすシトカで会うことができました。クリンギット族(※4)の語り部であり墓守でもあるボブさんと森の墓地で会い、掃除を手伝いました。墓石についた苔を丁寧に取り除くと、百年前に亡くなった人の名前や日付が見えました。お墓は人なのだと感じました。

—— 濃密な3か月ですね。

シシュマレフの旅では、現地まで6人乗りの小さな飛行機で移動するのですが、悪天候で飛ばせないということで足止めされました。同乗していたおばあさんが親切にしてくれて、見ず知らずの私のために宿を探して、車で送ってくれました。そのおばあさんとシシュマレフで再会。自宅に招いてくれて、カリブーのスープをご馳走になりました。シシュマレフは先住民イヌピアット族が住む島で、彼らが食べる分だけを狩猟する野生のカリブーの肉はスーパーに並ばないので、本来なら食べる機会のない貴重な食材です。素朴な味つけのカリブーのスープは、身体に沁みる美味しさでした。先住民の方たちとの交流は大きな経験になりました。帰国後、ボブ・サムさんを紹介してくれた編集者さんに、彼に会えたことを伝えると、「ボブさんが語るクリンギット族の昔話を絵本にしませんか」と提案してくれたのでした。数か月後に再びシトカへ飛んで、ボブさんに会って相談すると、「次世代の子どもに伝えることが一番大切だから」と言って、その場で物語を書いてくれました。それが、『よあけのはこ』です。

——  絵本になるまで6年。

『よあけのはこ』を描くために、クリンギット族の文化を理解する必要がありました。クリンギット族は伝統的なネイティブアートを持っていて、その美しい模様のひとつひとつに意味や決まりごとがあります。絵本に登場する動物や家など、さまざまなものにこの模様が入っていて、それらを描くために本で調べたり、現地の博物館に通って勉強しました。クリンギットの人たち

に「これは自分たちの絵本だ」と思ってもらえるような絵を描きたかったのです。また、お祭りに参加したり生活をともにすることで、クリンギット族の文化や考え方に直に触れることができました。クリンギット族は、母親から代々受け継ぐ動物のクラン(家系のようなもの)を持っています。お祭りなどで着る民族衣装には、自分の動物の絵柄が入っていて、自己紹介で自分の動物を言うこともあります。彼らにとって動物はとても親密な存在です。『よあけのはこ』の最後のシーンでは、人間が動物に姿を変えるのですが、その世界観も自然に受け入れられるようになりました。

——  『よあけのはこ』はワタリガラスの昔話。

ボブさんのクランはワタリガラスです。ハクトウワシなど異なるクランの人が、ワタリガラスの話を語ることはできません。『よあけのはこ』はアラスカでボブさんに出会えたから、そして、谷川俊太郎さんに訳していただけたから作ることができました。谷川さんに完成した本をお見せできなかったことは本当に残念です。ですが、クリンギット族が持つシンプルな力強さを、谷川さんの翻訳から感じて、谷川さんの言葉でこの絵本を出版できたことは本当にありがたいです。

スモークしたサーモンを瓶詰や冷凍にして長期保存する。現地の人たちは互いに贈り合ってシェアする。
マウンテンゴート(シロイワヤギ)の毛で編まれたイヤリングはアラスカ先住民に伝わる伝統的な織物。ネックレスはボブさんからのいただきもの。カリブーの角などでつくられている。

絵本を作ることは生きがい

—— 今年もアラスカですね。

アラスカの野生動物が、住んでいる人たちが大好きなので今年も行きます。アラスカでの体験が仕事に結びついて、絵本として表現できることが私の生きがいです。ライフワークになりました。昨年の夏から、日本の拠点を知床半島の羅臼に移しました。なぜ知床半島かというと、アラスカと北海道の生態系は似ていて、知床半島には多くの野生動物が生息しているからです。最近は小学校や図書館から講演会の依頼がくるようにもなりました。アラスカと知床半島の野生動物や現地のこと、地球温暖化による環境への影響などを子どもたちに伝えていきたいです。求められたら、全国どこでも行きたいです。

—— 羅臼に移住されたのですか。

夏から秋の終わりまで毎日、知り合いの船長さんのツアー船(知床らうすリンクル)で、知床岬付近に生息するヒグマを観察しました。知床半島では数年前からサケ・マスがほとんど遡上しなくなったので、ヒグマたちは海岸の石をひっくり返して小さなヨコエビを食べたり、食べ物を探して歩きまわっていました。痩せたヒグマを見かけることもあり心配になりました。1月から、海を泳ぐトドを同じツアーの船から観察しました。100頭の群れに出会えた日もありました。最初は警戒の唸り声をあげていましたが、こちらが何もしないことがわかると、船の下に潜ったりして遊んでくれました。2月からは流氷とワシを観察。朝日に照らされた流氷の美しさ、羽根を広げると2.5メートルほどになるオジロワシとオオワシの迫力に感動しました。知床半島で暮らすようになったので、アイヌの人々に伝わる昔話や文化も学びたいです。交流を持てたら嬉しいですね。

—— 経験が絵本作りに活かされています。

絵も変わってきました。アラスカに行く前よりも、肩に力が入らずに描けるようになった気がします。『ホッキョクグマのプック』のときは、カナダでおなじ親子を1週間くらい観察しました。親子は片時も離れず、母グマに甘える子グマの姿は愛おしく、絵本にしたいと思い出版社に提案しました。植物をテーマにした、まど・みちおさんの詩の絵本『よかったなあ』では、アラスカの森をイメージしながら絵を描きました。いろいろなところにアラスカでの経験が活かされています。

——  奄美大島も行ったとか。

はい。今年2月に8日間ほど滞在して、海中のクジラを観察するホエールスイムに参加しました。アラスカではいつも船の上から観察していたクジラを、海中から見てみたいと願っていたので、それが実現しました。海中でザトウクジラの親子を観察していると、子クジラがくるくると泳ぎ周りながら遊んだり、母クジラに擦り寄って甘える愛らしい姿を見せてくれました。すぐ目の前を親子で泳いでくれたこともあって、恐竜のような巨体に圧倒されました。クジラの瞳をはじめて間近に見たのですが、黒目がグラデーションになっていて、その美しさに胸が震えました。

—— アラスカでは何を。

まずは、オーロラです。3月半ばからフェアバンクス郊外のロッジに滞在して、オーロラを観察します。うす緑やピンク色に輝くオーロラの光が、揺れ動きながら夜空いっぱいに広がってゆく姿は圧倒的な美しさで、宇宙を感じます。4月からはシトカに移って、ヒグマやクジラを観察します。春の草原では、ヒグマの親子が草を食べる姿を観察できます。食べ疲れた子グマが母グマの隣りでころんと横になったり、母グマがお乳を与える姿に思わず笑みがこぼれます。8月の海岸線をカヤックに乗って進んでゆくと、遡上途中のサーモンが河口付近に押し寄せる姿を目にします。背ビレで波立つほどです。そのサーモンを捕ろうとヒグマも姿を現します。互いに距離を保ちながら、入れ代わり立ち代わりサーモンを狩るヒグマたちを観察することができます。自然のなかに、野生動物の世界に自分も入れることがとても幸せです。夕暮れの海岸を散歩していたときに、6頭のコククジラが潮を吹きながら岸辺までやってきたことがありました。クジラたちは円を描くように泳ぎまわっていて、彼らの身体や水しぶきが夕日に照らされて、キラキラと光っていました。誰もいない小さな入江での特別な時間。神様がくれたギフトのようなことが時々起こります。カヤックに座って海中へ投げ出した足に、クジラの尻尾がぽんと当たったこともあります。

—— 身の危険を感じたことはないですか。

ヒグマに近付き過ぎないことが重要です。見晴らしのよい場所に居るようにして、茂みには入りません。これまで決定的なことはなかったですが、ベアホーンとベアスプレーは必ず携行しています。

—— 次はどんな絵本を。

北極圏を大移動するカリブーの絵本を制作中です。これまで、動物がほかの動物に食べられる場面は描いてこなかったのですが、食べて食べられて命がつながっている野生動物の世界を伝えたいです。その次は、ヒグマの絵本を考えています。これからも野生動物をテーマにした絵本を作り続けたいです。

—— どうもありがとうございました。よい旅を。

※1 現在はヨークカルチャーセンター茅ヶ崎で「子供のアトリエ」(講師名・遠山紗記子)講座を開催。 ※2 パレットくらぶ(安西水丸、ペーター佐藤、原田治、新谷雅弘)の4人が、1997年に次世代イラストレーターの学べる場として設立。 ※3 安西水丸文/小西尚典写真。同書は2020年7月にアドレナライズより復刊。 ※4 アラスカ州南東部に居住する先住民の一族。

アラスカから送られてきた3月21日のショット。フェアバンクスの夜空を鮮やかに舞うオーロラ  Photo by:あずみ虫

文  :カノア  小島 秀人
撮影 :奥田 正治
場所 :米の花

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