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堤・八坂神社神輿
48年ぶりに神輿がお色直し。4月25・26日と2日に渡り修復記念渡御が執り行われました


美しくよみがえった神輿と復刻した半纏で堤の地域を練り歩く
48年ぶりの大修復と半纏の復刻
屋根の端に付く吹き返しや、美しい螺鈿(らでん)が特徴の堤の神輿は、江戸時代末期に製作されました。前回の修復は、今から48年前の昭和53年(1978年)でした。
今回の修復のきっかけとなったのは、経年劣化などで金物の傷みが進み、一部は外れてしまうほどの状態となっていました。10年ほど前から「そろそろ修復が必要ではないか」という声は上がっていたものの、本格的に動き出したのは、コロナ禍明けの5年前。 そして2年前、正式に修復の実施が決定。神社役員・神輿保存会・消防団・自治会から成る神輿修復実行委員会が立ち上がりました。
修復は、長い歴史の中で受け継がれてきた部品を大切に補修しながら傷んだ金物や螺鈿を新調してもとの姿に近づける大規模ものになり、あわせて、当時の半纏の復刻も行いました。
神輿の特徴と修復のポイント

1.屋根の端の吹き返し 
2.螺鈿 
螺鈿アップ 
3.神輿背面の龍の飾り
まず年長者が動き、若手が続いた奉賛金集め
今回の神輿修復で大きな課題となったのが奉賛金を集めることでした。必要な額は900万円。当初は「本当に集まるのだろうか」という不安の声が大きかったといいます。
しかし活動が始まると、空気は少しずつ変わっていきました。最初に動いたのは、かつて祭りを支えてきた古参の年長者たち。神輿に深い思い入れを持つ先輩の姿に背中を押されるように、若い世代も加わっていきました。「堤の神輿を残したい」という思いが、世代を越えて広がっていったのです。
地域をあげた奉賛金活動は、開始から半年で目標額を達成。最終的にはそれをこえた額が集まりました。それは、「地域の祭り文化を守り続けたい、あななたちに守って欲しい」という願いと、「自分たちの手で次の世代へつないでいく」という気持ちの集結です。
神輿の修復は、単に傷んだ箇所を直すだけではなく、人と人、地域とのつながりを改めて確かめ合う機会にもなりました。
〈前例のない〉2日間の渡御ルートは、通行を妨げる枝払いまで




修復事業と並行して進められたのが、渡御ルートの大幅な変更でした。奉賛金を寄せてくれた感謝を直接伝えたい——そんな思いから、かつてのルートだった県道404号、急カーブが続く「七曲(ななまがり)」を加えた、前例のない2日間の渡御が計画されたのです。
しかし、実現までの道のりは決して平坦ではなく、道路使用許可の行政手続きは警察と安全協会との綿密な打ち合わせを行い実現した。
さらに、新ルート上には神輿の通行を妨げる樹木も多く、持ち主の理解を深めてから保存会のメンバーで枝払いを実施しました。枝払いは2月末から毎週続き、ようやく2日間の前例のない渡御ルートを実現させました。


「祭りの本番は一瞬。でも、みんなで集まって準備する時間が楽しいんだよ」
堤の神輿保存会は、現在40名ほどが加入。自然と次の世代が加わっていく独特の空気があって、20〜30代の若手も多く加入しています。なぜなのでしょう。
その理由のひとつが、「実際にやって覚える」環境づくりです。神輿の組み立てや準備などは若手にも積極的に任せ、年長者と一緒に体を動かしながら経験を重ねていきます。
かつては厳しい雰囲気が参加の壁になっていた時期もあったといいます。しかし今は「祭りに関わること自体を楽しんでもらう」ことを大切にしているのだそう。
「祭りの本番は一瞬。でも、みんなで集まって準備する時間が楽しいんだよ」
この言葉を本音で若手が発していることに堤の未来、しいては浜降祭の未来が明るいことを予感しました。
ちなみに神輿担ぎは練習日をもうけず、各地の祭りにみんなで参加しながら覚える、実践的なスタイルです。
情報発信をしていない、その理由
近年、祭り関連団体がSNSで積極的に情報発信を行うなか、堤では公式な発信をしていません。理由を尋ねると、「発信を担当する人がいないから」という現実的な事情もある一方で、それ以上に印象的だったのが、「まずは内部がしっかりしていればいい」という考え方でした。
外へ向けて大きく発信することよりも、地域のなかで人と人とのつながりが保たれていること。その土台があれば、祭りは自然と続いていく——そんな価値観が、堤には根付いています。
今回の修復事業や渡御について、実際に対面で話を聞かせてもらうなかで、堤の神輿保存会には、単なる神輿の継承ではなく、人と地域のつながりを丁寧に次の世代へ受け継いでいく営みがあると感じさせられました。



所蔵・提供:茅ヶ崎市


堤・八坂神社神輿
堤の「八坂神社」は現在石碑と社と神輿堂が存在。新造されたのは江戸末期。明治の初めに正覚院(茅ヶ崎)の檀家のために遊行寺(藤沢)より譲り受けたものを引き継いだ。
直近の修膳:昭和53年5月大磯町の鈴木喜作師匠による。





