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第六天神社 十間坂神輿保存会 〜未来へつなぐ50年の歩み〜
4月29日の第六天神社 例大祭にて十間坂神輿保存会 結成50周年記念渡御が執り行われました
GW初日の4月29日、第六天神社の例大祭にて「十間坂神輿保存会結成50周年記念渡御」が執り行われました。心配された雨予報を吹き飛ばし、祭礼から宮入りまで滞りなく進み、50年の節目にふさわしい一日となりました。今回は、半世紀にわたり地域の祭礼を支えてきた十間坂神輿保存会の歩みやしくみ、想いについて伺いました。






存続危機を越え、迎えた50周年

十間坂神輿保存会は、令和8年に結成50周年を迎えました。発足のきっかけは、当時問題となっていた担ぎ手のマナーの改善(主に飲酒によるもの)でした。
当時は神輿ブームの追い風もあり、消防団を主体として20〜30代を中心に130名ほどが加入しました。時代の流れとともに担ぎ手は減少し、会員数がわずか7名まで落ち込んだ時期もあったといいます。その頃は十間坂に限らず、他社でも同様の局面が生じていたのだそう。
立て直しに向け、保存会は浜降祭への参加継続に加え、会員の士気を鼓舞する「特別な場」を創出。神宮外苑でのフジテレビ生中継番組『第十回 日本の祭り』(昭和55年8月全国放送)への参加、伊勢神宮への初穂米奉納と神輿渡御、昭和天皇御在位50周年・60周年の銀座パレードなど、機会を重ね、「保存会に入ってよかった」と実感できる体験を通じて結束を再生しました。
そして迎えた50周年。掲げた言葉は「はぐくもう・伝えよう・日本の伝統」。半世紀にわたり受け継がれてきた神輿への思いをさらなる次世代へつなぎます。

第六天神社を支える三者の連携

浜降祭や例大祭を含む第六天神社の行事は、「神社」、「神社役員」、「神輿保存会」がそれぞれ役割を担いながら支えています。
祭礼全体を司るのは神社で、櫻井貴基宮司が祝詞奏上や御霊入れなどを執り行います。
神社役員は渡御ルートの調整や警察への届け出など祭礼運営を支える役割を担当。消防団や自治会とも連携する神輿保存会が神輿渡御を中心に、準備から当日の運行、片付けまでを担っています。三者が常に相談しながら密に連携して進めていく体制は、第六天神社の祭礼を支える大きな特徴です。
浜降祭を支える年間活動
神輿保存会の活動は、浜降祭当日の渡御だけにとどまりません。年間を通じて定例会を開き、神社行事や祭りの準備、他社神輿への参加、親睦活動などを行っています。また、自治会や子ども会と連携した地域行事にも積極的に協力し、地域を支える存在としての役割も担っています。
浜降祭前には、神社役員や消防団、太鼓会、婦人会と合同祭典会議を開き、しめ縄張りや舞台の設置、神輿の蔵出し、飾り付けなどを分担して進行。なかでも「捩り掛け」は消防団によって受け継がれており、独自のさらしの締め方を世代を超えて守り続けてきたことは、大きな誇りとなっています。
誇りを未来へつなぐ
浜降祭における十間坂のこだわりが、会場までの「徒歩渡御」です。神輿を台車やトラックに載せれば負担は減ります。それでも、自分たちの肩と足で担ぎ抜くことに意味があると考えています。苦しい場面でも最後まで担ぎ続けます。その積み重ねや想いが、十間坂の誇りを形づくってきました。
現在、会員数は約80名。平均年齢は高いものの、20代の参加者も増え始めています。十間坂には「第六天神社」と「神明宮」の二基の神輿があり、中型の神明宮は女性も参加しやすいことから、浜降祭には保存会外からの担ぎ手も募っています。
また、第六天神社は、各地の神輿団体との交流も盛んです。SNSも活用していますが、祭りの現場で顔を合わせ、人柄を見てつながっていくことを大切にしています。
「担ぐ」だけではない保存会の本質
保存会が大切にしているのは、神輿を担ぐ瞬間だけではありません。準備や設営、片付けまで含めて関わることこそ、本来の役割だという考えが会員に共有されています。保存会の半纏を着る以上、神輿を納める最後まで責任を持って関わってほしい——そんな思いが受け継がれてきました。
だからこそ、祭りを無事に終えた時の達成感は格別なものになります。実際に保存会へ入り、裏方の仕事まで経験すると、祭りの意味や、地域とのつながりを実感でき、「浜降祭の見え方が変わる」のだそう。
そして、多くの人が長く続ける理由として挙げるのが「仲間の存在」です。無理なく楽しく続けられる空気を大切にしており、その温かな雰囲気が自然と新しい担ぎ手を呼び込んでいます。

『相模国神社祭礼 添田悟郎氏写真提供』“相模国神社祭礼”サイト


INFORMATION
| URL | 十間坂神輿保存会 instagram |
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