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ずっと茅ヶ崎で暮らしたい

「悲観」と「希望」の家探し

ずっと茅ヶ崎で暮らしたい

 出版社時代の仲間から、「都心から神奈川にほど近い城西へ引っ越すことになった」と連絡をもらった。

 時折我が家へ遊びに来てくれていた彼女は、いたくこの辺を気に入り、「湘南に住むのもいいなあ」と言っていたが、ご主人の仕事の都合もあり、やはり都内で探すことにしたらしい。ご近所さんというわけにはいかないが、以前より彼女が近くに来ると思うと、心持ち嬉しくなる。

 ちなみに彼女は絵画の先生で、1階を教室として新居を建てるとのこと。費用はややかさむが、使わなくなれば人に貸すこともできるからと、ご主人と相談して決めたという。

 「大きい買い物だし、打ち合わせとかいろいろタイヘンだけど、気に入った場所も見つかってひと安心かな。そういえば、千尋ちゃんも家探ししてるって言ってたよね? もしも買うなら遠慮なく相談して。私でわかることなら力になるよ」

 おおっそれは心強い。お言葉に甘えて、いろいろ教えてもらうね、と彼女には明るく返したが、じつを言うと、私は内心落ち込んでいた。今の自分に家は買えない、住宅ローンを組むことはできないからだ。

 不動産業者さんに指摘されるまで気づかなかったが、私は確定申告の際、自分の収入を「雑所得」で申告している。主な収入源が書籍の印税であるためだが、住宅ローンの審査では「事業所得」でなければ認められない。借入額や所得額にもよるのだろうが、私の場合は×。頭金もそこそこあるし、収入もまあ一定しているから、自分でも組めないことはないだろうと踏んでいた私は、ガーンとショックを受けていたところだったのである。

 業者さんからは「今後事業所得で申告されれば可能性はありますよ」と慰めて(?)いただいたが、私の気分は晴れなかった。ローンも組めない、家も買えない、雑所得のくせにローンを組めると考えていたアホな自分が情けない。意気揚々と新居を建てようとしている友人に比べて、自分はなんて惨めなのだろう。一時どっぷり悲観にまみれていた私だったが、そんな時なぜかふと、以前よく一緒に仕事をしたカメラマンのKさんを思い出した。

 Kさんは世界を旅するカメラマンで、家にいるのは1年のうち数える程度という人だったが、ある時そんな彼が鎌倉に小さな家を建てた。ガラス張りのリビングから海が一望できる素敵な家である。

 はっきり言って、Kさんはそれほど高収入ではない。奥さんが高給取りと言うわけでもない。おまけに、親が作った借金を肩代わりしていた。そんな彼が一体どうやって鎌倉のこんないい場所に新築の家を建てられたのか。不思議に思った私は新居にお邪魔した際、「この家はいくらで? どうやって手に入れたの?」と図々しく訊きまくった。するとKさんは、嬉しそうに誇らしげにこう語った。

 「歩いて探して待って探して、を5年間繰り返した。鎌倉の、海が見える家に住みたいと思ってさ。僕は旅が大好きだったけど、この家があればもう旅はいらない。この家が人生のすべてだよ。あ、ちなみに僕が出せるお金は3000万が限度ね」

 人の一念岩をも通すかと当時は驚いたが、今の私にとって、当時のKさんの言葉はエールに響く。

 高収入でなくたって借金があったって、やろうと思えばやれる。俺だってできたんだから。一度ローン審査に落ちたくらいで何言ってんの。彼ならきっと、そう言ってくれそうな気がする。


藤原千尋
ふじわらちひろ/1967年東京生まれ、2006年より茅ヶ崎市松が丘在住/出版社勤務を経て単行本ライター。ビジネス、教育、社会貢献、生き方老い方など幅広いジャンルの企画とライティングを手がける。

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