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ずっと茅ヶ崎

 浜須賀小学校の児童が、校内で新型コロナ対策のための募金活動を行ったという記事を目にした。

 12人の6年生が全校児童に呼びかけ約13万円を集めたというが、募金箱を手に笑顔を浮かべる児童の写真を見るうち、ふと、ある小学生男子との出会いの記憶が蘇った。

 あれは確か15年ほど前。とある駅のペデストリアンデッキの一角で、小学4、5年と思しき数人の男子が、募金箱を手に募金を呼びかけていた。

と言っても、その様子はあまり真面目とはいえない。募金箱もテキトーな作りで、みんなではしゃぎ、ふざけているようにさえ見えた。

 見たところ、付き添いの大人の姿はない。彼らは一体何をしているのかと気になった私は、中心にいた一番真面目そうな男の子に歩み寄り、何の募金をしているのか尋ねてみた。すると男の子は戸惑いながらも、こんな話をしてくれた。

 僕の友達に、同い年の外国人の男の子がいる。彼は生活に困っていて、本も文房具も洋服もまともに買えない。彼の助けになればと思って、募金をすることにした。友達に話したら、みんな一緒にやると言ってくれた。募金箱も一緒に作ってくれた。

気づくと、他の男の子たちも周りに集まり、照れ笑いを浮かべウンウン相槌を打っている。何と彼らは、大人の力を借りず自発的に募金活動をしていたのである。

 とその時、30代くらいの女性が近づいてきた。聞けばその女性は彼らの担任で、校内で募金をしたいと相談されたという。

「 でも、校内での募金活動は許可が出なかったんです。そう伝えたら、彼らは校外でやると言い出して」

 「困っている外国の友人のため」だけでは確かに難しかろう、もっと他にやり方もあったろうと、大人の立場からはいくらも言えるが、それより何より、校外でもやると決めた男の子の意思の強さに、私は衝撃を受けた。彼を支えようとした幼い友情にも、それを見守ろうとした先生にも、感銘を受けずにはいられなかった。    

 手製の拙い募金箱と、人を振り向かせるには不十分な説明と、あまりにも小さな声。しかし彼は不器用なりに、人を巻き込み事を起こすという大人でも二の足を踏む社会活動を、見事してみせたのである。

 じつを言うと、私は当時ボランティアや非営利活動を取材していた。環境、教育、福祉など様々な分野で活動する人に聞き取りを行い記事を書くことで、社会貢献意識を広めたいと願っていた。だが、知れば知るほど社会問題の根深さに圧倒された。いくら行動しても微々たる変化では社会は変えられない。そんな無力感をひしひしと感じていた。

 だが、彼との出会いでそんな思いが一瞬吹っ飛んだ。肝心要に気づかされたと言ってもいい。大事なのは全体を劇的に変えることではなく、身の回りの小さな一部にコミットする、むしろそれで十分であるということ。その積み重ねでしか、世の中の困り事は変えられない。

 天台宗の開祖・最澄は、「一隅を照らすことこそ人の宝」と説いたというが、それは全てをあまねく照らそうとしなくていい、まずは自分の身の回りを照らせ、自分でやれることをやれ、ということではないか。

 私が出会った男の子は、今二十代半ばの青年になっている。彼は今も一隅を照らしているだろうか。小さな光を今なお灯し続けているだろうか。だとしたら、これほど頼もしいことはない。


writer:藤原千尋
ふじわらちひろ/1967年東京生まれ、2006年より茅ヶ崎市松が丘在住/出版社勤務を経て単行本ライター。ビジネス、教育、社会貢献、生き方老い方など幅広いジャンルの企画とライティングを手がける。

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