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川廷昌弘さんと語り合う チガサキのたくらみごと
“きれいごと”で茅ヶ崎はもっと面白くなる!?
かわていさんと語り合うチガサキのたくらみごと
vol.18 茅ヶ崎どっこいファーム
吉野正人さん・奈美さん
土から感じる見えないつながりを、世代を超えてみんなで楽しむ。それが「サステナブル・どっこい・ジェネレーションズ(SDGs)」!
「どっこい、どっこい」という浜降祭の掛け声が似合うお祭り男・吉野正人さん。収穫となれば人が集まり、子どもが駆け回る「茅ヶ崎どっこいファーム」の園主です。
30年以上に渡る教員生活を経て農業に転身して5年目。妻・奈美さんとともに年間50種もの有機野菜に加え、最近は藍を栽培し藍染や食用にもチャレンジしている吉野さんの目には今、どんな景色が映っているのでしょうか。
ひょんなことから、きれいごと委員長・かわていさんとの不思議なご縁が明らかになり、冒頭から大いに盛りあがった“生き様”。たっぷりとお楽しみください。
「もっと面白いもの」を追い求めて
か:「どっこい」という名前はやはり浜降祭が由来ですか?
正:毎年神輿を担いでいるんです。雄三通りを通る中海岸の八大龍王神・神輿保存会の会長を務めています。
か:僕は以前、自宅に清めの注連縄(しめなわ)を張ってもらったことがあるんですよ。雄三通りなんですが。
正:ひょっとしたらそれ、僕が張ったのかもしれません。
か:本当ですか?2019年のことで…(かわていさん、スマホで写真を捜索)ありました!吉野さんいらっしゃいますよ!
かわていさんの自宅に注連縄を張ってくれた皆さんとの思い出の1枚。右上がなんと吉野さんでした。
正:なんと、ご縁があったんですね(笑)。
か:いや〜びっくり。浅草ご出身ということでお祭りは吉野さんの中に染み込んでいるんでしょうね。今日まず僕が聞きたかったのは、そんな吉野さんがなぜ教員になられたのかなということです。
正:下町の家業をどうしても継ぎたくなかったから(笑)。運よく教育学部に合格して、継がないと言ったら母親には怒られましたが、親父は「俺も本当はそういうのがやりたかったんだ、頑張れよ」って背中を押してくれたんです。
か:親父さんの理解も得て、教育学部に。卒業後すぐに教員になられたのですか?
正:僕は世の中を舐めてるところがあって、就職活動もせず教員採用試験もパスしちゃって、結局自分の母校(私立芝高等学校・東京都港区)で講師から始めました。でも4年くらいで、やばいな、何か違うなって感じ始めて。20代前半の若者が「先生」って呼ばれて、気持ちいいけどスッキリしなかった。
か:常に悩んでいる感じですか。
正:それよりも「もっと面白いものないかなー」って。
か:そっちですか(笑)!
正:で、辞めちゃって「チャンスだ、海に行こう!」って。下町暮らしで祭りも好きだけど、加山雄三も聴いていて、ないものねだりで海に憧れてたんです。鎌倉で一人暮らしを始めて、そこから海暮らしが今日まで続いていますね。
か:その後、横浜高校(私立横浜高等学校・横浜市金沢区)に?
正:その前に、鎌倉で友達と寺子屋を開いていました。でもそれでは収入が足りないから、横浜南部市場で午前2時から正午まで働いて、帰って海パンで海に行って昼寝して、夕方から寺子屋みたいな暮らしをしていて。空いている時間でライフガードの資格も取りましたが、そんな海辺暮らしの中で培った人脈が僕にとっては財産になっています。30代半ばの頃にやっと生活のことを考え始めて、縁があって横浜高校の教員になりました。
「学校に来れなくても、畑に顔出せよ」
か:その横浜高校で30年ですか。農業とつながりができたきっかけは?
正:茅ヶ崎に引っ越してきたことですね。鎌倉から海沿いを転々としながら茅ヶ崎に来たら、何の脈略もなく、「自分の食べるものを自分でつくるって大切だよな、面白そうだな」って不意に思ったんです。市役所に問い合わせて市民農園を始めて、本当に小さな区画でしたが学校の行き帰りに畑に寄って。「トマトができた!」みたいな小さなことが嬉しかったですね。
か:それが茅ヶ崎の空気ですよね。高校でも菜園を?
正:学校に来れなくなっちゃう子もいる中でふと思ったのは、生徒たちも畑をやったらどうだろうって。僕自身、何かあったら飲み暴れるか畑で反省するか(笑)だったんですが、土をいじっていると落ち着くんですよね。校長に直談判して学校の空き地を耕して、「学校に来れなくても夕方から畑に顔出せよ」って伝えたら、興味を持った子がぽつぽつ増えてきたので、菜園同好会って部活をつくっちゃいました。予算もつけて、果樹もハーブも含めて40種類くらい育てたかな。みんなで家庭科室で料理して食べたり、山分けして「家に持って帰れよ」「あの先生に持っていけよ」って言ったりしてね。
か:ご専門の教科は社会とお聞きしましたが、本当に広く社会のことを教える先生だったんですね。奈美さんとの出会いも横浜高校時代とのことですが、就農されたきっかけは? 奈美さんにも相談されたのでしょうか。
正:学校の経営に対してモヤモヤしたり日々の生活のこともあり、タイミングが来たという感じでしたね。妻には終電で帰って「今日やめたから」って報告しました。
奈:「今日ですか !? って(笑)。もともと定年まで働くタイプじゃないと思っていましたが、まさかですよね。
か:ヤンチャですね! その後はどうされたんですか?
正:自由になったからこの際、ずっと趣味でやっていた畑を通してみんなで楽しむことをやってみようと。有機の世界をちゃんと勉強したいという気持ちもあって、二宮町の有機農家で研修をさせてもらいました。
か:茅ヶ崎に来て大切だと感じた「自分でつくって食べる」ということを、いよいよ実践することにされたんですね。
正:「身土不二」という言葉がありますが、体と土は切っても切り離せない。地産地消は経済原理でもありますが、そこで育っているもので命をつないでいくのが一番体にいいし大事なことなんじゃないかなって。茅ヶ崎がどんどんおしゃれになっていく中で、農家も漁師もお祭りもある土臭いライフスタイルも大切にしたいという思いもありましたね。
土から学べる大切なことを
世代を超えた横並びで伝えていく
か:現在は年間50品種ですか。たくさんつくられていますけど、生活としての農業はいかがですか?
正:大変です(笑)。僕は勢いでなんでもやっちゃうけど、子育て世代の有機農家仲間は相当大変ですね。有機でも買う側は値段や量が大事で、200円のパックを50個売ってようやく1万円。ヘトヘトボロボロになって働いて月25万円。そういう世界で生きています。でも、趣味の時代から20年くらいやってきてつくづく思うのは、「野菜は買うものじゃなくてつくるもの」だってこと。余った土地でミニ農家をしたり、コミュニティのみんなで畑を借りてやったら絶対美味しいし楽しいから。
か:以前映画『エディブルシティ』の上映会を茅ヶ崎で開催したことがありましたが、空き時間に空いた土地で農作業をして堆肥をつくるっていう循環をみんながやればいいって思いました。僕も家庭菜園をやったりしますが、自分でつくった野菜はやっぱり美味しいですからね。
正:そう、自分でつくればどんなものでも世界一。野菜や魚が欲しいって思ったときに子どもたちの頭の中にスーパーマーケットしか思い浮かばないのは残念ですよ。大都会じゃなくて茅ヶ崎だからね。
か:そんな茅ヶ崎の空気の中で「ちがさき藍プロジェクト(弊誌連載中」も始められましたね。吉野さんのもとに人が集まるのはなぜなんでしょう?
正:知らない(笑)。でも畑に人が来てここに笑いを落としてくれたら、多分野菜も喜んでいます。何よりも農作業はみんなでワイワイするのが楽しいですよね。
奈:彼は人が好きなんですよね。子どもがまず懐きます。
正:茅ヶ崎どっこいファームは、有機を伝える場所にしたいというよりも、ふらっと来て息抜きできる場所であってほしい。畑を手伝ってお土産もらって帰れたら、ハッピーですよね。みんなにホームドクターならぬ“ホームファーマー”がいてもいいんじゃないかな。
か:ホームファーマー、いいですね。でもきっとみんなは吉野さんの生き様を見たいのだと思います。
正:そうなると嬉しいですね。僕にとってのSDGsは、「サステナブル・どっこい・ジェネレーションズ」。有機をやるにはもちろん技術も必要ですが、自然の循環にいかに寄り添えるかがテーマになってきます。生き方についても土との触れ合いの中でいくらでも大切なことは学べますので、何かヒントをお伝えできればと思うんです。先生としてじゃなくて、子どもも大人も関係なく「これってすごいと思わない?」って。
か:いいですね! 世代を超えた横並びの感動ですね。
正:僕は70歳までに売りに行かないスタイルにすることが目標なんです。みんなでつくってみんなで山分けする。高校でやっていた原型に戻りたいんですよね。
か:そうなってほしいですし、そうなりますよ。老いも若きも同時代を生きる者が土をいじることで見えないつながりを感じられる。それが「サステナブル・どっこい・ジェネレーションズ」ですね!
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きれいごと委員長
かわていさん
博報堂にて37年間、国連における環境3大テーマ(気候変動、生物多様性、森林保全)からSDGsまで、国家規模、地球規模の錚々たるプロジェクトを手がけてきた。2023年に定年退職後は、日本写真家協会の写真家として活躍中。
SDGsは、2030年までに持続可能な社会を実現するために世界が合意した国際的な目標。2015年9月の国連総会で採択された。「貧困の撲滅」から「パートナーシップ」まで、社会、環境、経済の3つの側面が含まれた17の目標で構成されている。SDGs自体を目的化せず、コミュニケーションツールとして使いこなすことがポイント。
writer:池田美砂子
フリーランスライター・エディター。茅ヶ崎市在住、2児の母。
大学卒業後、SE、気象予報士など会社員として働く中でウェブマガジン「greenz.jp」と出会い、副業ライターに。2010年よりフリーランスライターとして、Webや雑誌などメディアを中心に、「ソーシャルデザイン」をテーマにした取材・執筆活動を開始。聞くこと、書くことを通して、自分が心地よいと感じる仕事と暮らしのかたちを模索し、生き方をシフトしている。