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チガサキゴトよ、チーガ

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ずっと茅ヶ崎で暮らしたい

老衰で亡くなる割合が日本一のまち

 ある週刊誌によれば、茅ヶ崎は「老衰で亡くなる人の割合が日本一高いまち」なのだという。その理由を、当誌は以下のように分析していた。
 1)在宅医療を担う「在宅療養支援診療所」が多く、自宅で死ぬための制度が整っている、2)街のサイズが比較的コンパクトなので、自治体が在宅医療をサポートしやすい、3)都会からそれほど遠くない「ほどよい田舎」である……。
 なるほど、確かに茅ヶ崎は「ほどよい田舎」だ。山あり海あり田園あり。春には大岡越前祭、夏には浜降祭のような伝統行事も行われる。されど都会から遠くなく、オシャレなカフェや雑貨屋も少なくない。茅ヶ崎に住んでますと人にいうと、ほぼもれなく「いいとこに住んでますねー」とお褒めの言葉(?)をいただくが、それは湘南ブランドもさることながら、この「ほどよい田舎」で「そこそこ都会」というさじ加減の良さもあるのかもしれない。
 ちなみに、私は茅ヶ崎に越してきて十数年になるが、越してきた理由は連れ合いがサーフィンにハマったのと、何がしかの「自然」のそばで子育てをしたかったから。「山とか海とか自然の近くで育つと、何となくいい子に育ってくれるんじゃないかなあ。でも、自分は車を運転しないから山はダメ、遠い地方に行くのも現実的じゃない。となると同じ県内の茅ヶ崎辺りがいいか(当時は川崎在住)」などと考えたのである。
 結果、子どもは期待通りいい子に育ってくれた(と思う)。海や山とは関係なかったかもしれないが、小中高と楽しく学校に通い、友達にも恵まれた。残念ながら連れ合いとは引っ越し3年後に離婚してしまったが、茅ヶ崎と別れる気は全くなかった。親からは実家のそばに来たらと言われたが、なぜかそうする気にはなれなかった。「なんとなく」で選んだ茅ヶ崎だったが、数年住むうちに不思議なくらい、このまちと意気投合してしまったのである。
 今では、私にとってここは「ほぼ故郷」だ。ここを離れて別のまちで暮らすことはおそらくない。ここで老いて、ここで死んでいきたい。老衰で亡くなる割合が日本一高い茅ヶ崎で、自分も老衰で死ねたら理想的。まあ人間死に方は選べないし、孤独死する可能性だってあるけれど、水の合うこのまちに住む限り、老後の孤独に苛まれることはないんじゃないか。やっぱり人間にとって「終の住処」って大事だよなとつくづく思う。
 だが最近、この考えに水を差された。何度か仕事をご一緒した70代のビジネスマンの方からこんなことを言われたのだ。
 「終の住処なんてあんまり考えないほうがいいよ。柔軟にどこででも暮らせる自分でいたほうが、老後の不安も少なくて済むんじゃない?」
 同じく仕事でインタビューさせていただいた大御所漫画家の方からも、似たようなことを言われた。
 「どこで死にたいとか、別にないですよ。漫画が描ければ、僕はどこで暮らしたっていい。終の住処なんて考えたこともないなぁ」
 なるほど。確かに思い入れは一つ間違えば執着に変わる。終の住処はここだと決めつければ、それに縛られて窮屈になることもある。住まいは大事だが、その時次第でどこでもやっていける図太さが、老後は必要になってくるのかもしれない。
 そもそも自分は50代、人生100年と考えたら半分を過ぎたあたり。そんな自分が終の住処を語るのは、ちょっと気が早いか。


藤原千尋
ふじわらちひろ/1967年東京生まれ、2006年より茅ヶ崎市松が丘在住/出版社勤務を経て単行本ライター。ビジネス、教育、社会貢献、生き方老い方など幅広いジャンルの企画とライティングを手がける。

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