NEW
令和のリアルな神輿大修復 高田・熊野神社神輿
48年目、初めての神輿修復
〜軽量化と担ぎやすさも目指して〜
満を持しての修復、活動の経緯を教えてください
高田・熊野神社の大神輿がつくられた1977年の6月。今から48年前になります。東京浅草の神輿屋にお願いしたのですが、しっかりつくってもらい、以後みんなで大事に保存してきましたので、その間一度も大きな修復を行わなくとも担いでこられました。
しかしやはり経年劣化により、亀裂などのほか、漆が剥げたり、内側がガタガタするようになってしまった。そこでひどくならないうちに修繕しようと、相談をし始めたのが約10年前です。で、2、3年前くらいから本腰を入れようと、神社と保存会とで修復実行委員会を立ち上げたわけです。
神輿の修復は、茅ヶ崎神輿康の中里康則さんにお願いしました。うちの神輿と、今宿松尾大神の神輿が同じ神輿屋がつくったというご縁もあり、今宿の修復経験があり、構造をすべて熟知している中里さんにまずは神輿をみてもらい、相談しました。
経年劣化による修復のほか、「神輿を軽く」
そして「担ぎ棒の間を広く」してもらったそうですね
中里さんと話し合い、修復は経年劣化のほか「 ❶ 蕨手をはじめとする軽量化」「❷ 担ぎ棒の間を広くし担ぎやすくする」などを行うことにしました。
軽量化に関しては、まず担ぎ手の高齢化があります。神輿は重たいほうがいい、貫禄があると、昔はそんな風潮がありましたが、若かりし頃のようなわけにはいきません(笑)。それに若い人だって、重たいと引いてしまうでしょ。手前味噌ですが、うちの神輿は蕨手だけで24キロほどあり、逆三角形型の頭でっかちで、迫力もある。そばに寄ったらぶつかって壊れてしまうと、よその神輿が近寄りたがらなかったほどです。それが当時は自慢でしたが、担ぐには難儀します。
そんな事情での修復ですが、うちは海にも入れず浜降祭後のケアも丁寧にやりましたから、本当によくもってくれた。浜降祭は海に入って清めるものだろうと思っている人も多いですが、本来禊は海に入るもんじゃない。神輿を大切に、神事に真摯に向き合うなら、できるだけ潮に当てず、終わった後は感謝の気持ちを込めて綺麗にして奉納するのがうちの考え方です。
修復にはお金がかかります
どのようにして資金を集めたのでしょう
まず神輿修復に先駆けて、「そろそろ神社が老朽化していて、修復が必要だよね」という話が上がっていました。「よっしゃ、それなら神社と一緒に神輿も修復しようじゃないか」と。
我々にとっては我が子のように可愛い神輿ですが、みんながみんなそうとは限りません。でも神社の修復となるとみなさん関心を持ってくださいます。神社というのは、いわば地域の守り神。孫子の代まで保存できるよう、ご協力いただけませんかと、神輿はあくまで神社修復の一部ということで、みなさんに奉賛金の支援を呼びかけたんです。
まず、みなさんにご理解いただけるよう丁寧な趣意書を作り、それを手分けして約1500世帯に配りました。高田と高田ニュータウン二つの自治会にも協力していただき、回覧板も回しました。その結果、地域外の方からのご支援も含め約300名が奉賛金にご協力くださり、1200万円ほどの資金を集めることができました。が、大切なのはこの後です。
奉賛金にご協力くださった方には氏名と住所をいただき、神社の修復完了後に個別に一軒一軒回って、お礼状と記念タオルをお配りしました。また使途が目に見えてわかるよう、修復箇所を写真にとって貼り出しました。ちなみにお礼参りを兼ねて、浜降祭前に完成した神輿を担いで高田から高田ニュータウンを回りましたが、みなさんとても喜んでくれましたね。
見違えるような神輿での浜降祭は、いかがでしたか
新たな神輿での浜降祭は最高でした! 高田・熊野神社の神輿は、老若男女問わず大歓迎。担いだ経験がないと参加できないと思う人も多いようですが、そんなことは全くありません。
うちはオープンで、チームの風通しの良さが自慢です。新たな神輿のお目見えを機会に、ぜひいろいろな方に神輿を担いでいただいて、古き良き伝統を楽しみつつ肌で感じてもらいたいですね。
ライター:藤原千尋