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映画作家 安田ちひろの湘南 つれづれ 日誌
「声なき主張」

中学の時は自己主張のない子だった。
健康診断で廊下に並んでいた時。派手な女子の集団が、私を背にし「キャハハ」と騒いでいた。いつのまにか、彼女らの背中は私の鼻先 10センチ。私はギャルと壁に挟まれる形になった。私から動いたら負けのように感じ、耐え続けた。彼女達は最後まで私に気付かなかった。
体育祭の競技決めの時。私は当時好きだった長距離走に挙手したのだが、同時に運動部の女子3名も名乗り出た。定員は3名、唯一文化部だった私が引き下がる空気感だったが、熱血な担任が「来週の放課後に勝負で決めよう」と発した。恥ずかしい思いをしたくなかった私は、家の周りを走り練習した。
当日、校門の前に4人と担任が集合し、教室の窓からはクラスの女子達がギャラリーの様に顔を出していた。実際走ってみると、思った以上に引き離され、私だけ周回遅れ。口から血の味がするほど必死だった。ゴールには先生だけがいて、他の3名はとっくに帰宅していた。
誰もいない教室に帰ると、さっきのギャラリー達が荒らしたのか、窓辺の机や椅子がぐちゃぐちゃになっていた。私は気になって直していた。そこへ、ギャラリーの一人が教室へ戻ってきた。
怖そうなガングロギャルだった彼女は私に向けて、「ごめん! 直してくれたの? ありがとう! ちーちゃん最後まで走ってたの見てたよ!すごかった!」と言って、明るい笑顔で帰っていった。
誰も私のことなんか見ていないと思っていた。
『私だって、長距離走に出たかった』
声こそあげなかったが、私は確かに走って主張していた。だから、気づいてもらえて嬉しかった。
今、私は文や映画で主張している。ガングロギャルのように、きっと誰かが気づいてくれると信じている。

安田ちひろ Chihiro Yasuda
1987年生まれ、茅ヶ崎在住。。大学在学時に自主映画制作を始める。関西TVドラマ「大阪環状線」第8話脚本など。湘南にて映画制作コミュニティ『スタジオMalua』を立ち上げる。プロアマ7名の作家による江ノ電1駅ごとの短編オムニバス映画「江ノ島シネマ」企画・プロデュース。