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ここがよかったのです。この席とこの空間が。 是枝裕和

是枝裕和×森浩章

茅ヶ崎館で映画談義

ここがよかったのです。この席とこの空間が。 是枝裕和

 
23号のこと
23号のことを書く前に22号の「浜降祭に参加しよう」の反響が大きくてびっくりしています。冊子が出てからすぐに連絡をくれた茅ヶ崎どっこいファームの吉野さん。初心者のために「初めての浜降祭」のレクチャーイベントを立ち上げてくれました。その流れを受けての新企画『いちねんじゅう浜降祭のこと ハマオリミコシ』と題して今号で早速、中島舜さんに体験記を書いてもらいました。なんと生まれも育ちも茅ヶ崎なのに、浜降祭は縁のある人のだけのものだと思っていたそうです。誰でも神輿が担げるということを伝えるにあたっては、移住してきた人たちのことだけじゃなかった話なのだと知り、ますますしっかり取り組んでいきたい課題だと思っています。さて、23号のこと。表紙を見ていただいたとおり、是枝裕和監督です。内容はぜひ読んでいただきたく。小津安二郎生誕120年を受けての企画も盛り込んであります。10月の茅ヶ崎映画祭には西川美和監督も茅ヶ崎にいらしてくださるそう。茅ヶ崎FMも開局するし、サザンもやってくるし。茅ヶ崎の祭りはまだまだ続きそうですね。    


茅ヶ崎館で映画談義

是枝裕和(これえだ・ひろかず)
1962年6月6日、東京生まれ。87年に早稲田大学第一文学部文芸学科卒業後、テレビマンユニオンに参加。主にドキュメンタリー番組を演出、14年に独立し分福を立ち上げる。主なテレビ作品に、「しかし…」(91年/CX/ギャラクシー賞優秀作品賞)、「もう一つの教育〜伊那小学校春組の記録〜」(91年/CX/ATP賞優秀賞)など。95年、初監督した『幻の光』が、第52回ヴェネツィア国際映画祭で金のオゼッラ賞を受賞。2作目の『ワンダフルライフ』(98)は世界30ヶ国、全米200館での公開と、日本のインディペンデント映画としては異例のヒットとなった。04年、監督4作目の『誰も知らない』がカンヌ国際映画祭にて最優秀男優賞(柳楽優弥)を受賞。06年、『花よりもなほ』で初の時代劇に挑戦。08年には『歩いても 歩いても』を発表、ブルーリボン賞監督賞ほか国内外で高い評価を得る。同年12月には、初のドキュメンタリー映画『大丈夫であるように−Cocco終わらない旅』を公開。09年、『空気人形』が、第62回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門に正式出品され新境地として絶賛される。 10年、「妖しき文豪怪談シリーズ」(NHK BS-hi)で、室生犀星の短編小説を映像化した『後の日』を発表。11年、『奇跡』が、第59回サンセバスチャン国際映画祭最優秀脚本賞受賞。12年、初の連続ドラマ『ゴーイング マイ ホーム』(関西テレビ・フジテレビ系)で全話脚本・演出・編集を手掛ける。ドラマに登場する「こびと」をモチーフにした絵本『クーナ』(絵:大塚いちお、 出版社:イースト・プレス)を刊行。13年、『そして父になる』で第66回カンヌ国際映画祭審査員賞受賞ほか多数受賞。15年、『海街diary』がカンヌ国際映画祭コンペティション部門に正式出品され、日本アカデミー賞最優秀作品賞、監督賞、撮影照明賞の4冠に。16年、『海よりもまだ深く』が同映画祭「ある視点」部門に正式出品。17年、『三度目の殺人』が第74回ヴェネツィア国際映画祭コンペティション部門に正式出品、日本アカデミー賞最優秀作品賞ほか6冠。18年、『万引き家族』が第71回カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞、第91回アカデミー賞外国語映画賞にノミネート、第44回セザール賞外国映画賞受賞、第42回日本アカデミー賞最優秀賞最多8部門受賞。19年、カトリーヌ・ドヌーヴとジュリエット・ビノシュを主演に迎え、全編フランスで撮影した日仏合作映画『真実』が第76回ヴェネツィア国際映画祭コンペティション部門のオープニング作品に。22年、韓国映画『ベイビー・ブローカー』がカンヌ国際映画祭最優秀男優賞受賞(ソン・ガンホ)、エキュメニカル審査員賞をW受賞。23年、自身初のNetflixシリーズ「舞妓さんちのまかないさん」が1月12日より配信、『怪物』が6月2日より全国公開。



森浩章(もり・ひろあき)
神奈川県茅ヶ崎市出身。高校卒業後、TCA専門学校で自動車デザインを学ぶ。22歳の時に茅ヶ崎館を継ぐことを決意し、ワーナー・マイカルシネマズで販売促進と管理に携わる。現在、茅ヶ崎館の五代目として地域の文化意識向上の活動を積極的に立ち上げている。茅ヶ崎映画祭実行委員長や湘南邸園文化祭連絡協議会会長なども務める。寒川町出身の三澤拓哉監督の茅ヶ崎を舞台にした映画『3泊4日、5時の鐘』(2015年)と、大磯が舞台の『ある殺人、落葉のころに』(2021年)のプロデュース業にも携わる。

 

新作『怪物』の公開からひと月あまり。

是枝裕和監督は茅ヶ崎館にいた。若い監督らと恒例の夏合宿。

第76回カンヌ国際映画祭「脚本賞」と「クィア・パルム賞」の受賞から続く喧騒を離れて、海辺の静かな宿で次作の構想に取りかかっていた。

毎年リセットしてリスタートするための無くなっては困る大切な場所と語る監督と、その茅ヶ崎館を守る五代目館主・森浩章さんとの対談は、二番の部屋から世界の映画催事場へ、そして映画産業の抱える深刻な課題にまで話題は広がって・・・。

 毎年ご利用くださりどうもありがとうございます。茅ヶ崎館で作品の第一稿、初稿を書かれていると伺っていますけれども、毎年ここへ帰ってくる居心地のよさってあるのでしょうか。

是枝 ここ(二番の部屋の縁側)がよかったのです。この席とこの空間が。最初に来たのは2007年からですよね。

 映画『歩いても 歩いても』からです。

是枝 16年前ですね。あの映画の舞台は茅ヶ崎ではありませんが、いま観ると海沿いで脚本を書いている話だなという感じがするのです。面白いものですよね。最初は冷やかしのつもりで、小津にあやかってと思い茅ヶ崎館に来ました。夜、ここに座って書いていると波音が聞こえてくる。それがすごくよかったのです。それと、この旅館は放っておいてくれるじゃないですか。ほったらかしにしてくれる。

 明治時代からほったらかし宿です。この辺りは療養地という歴史があるものですから、過剰なサービスはしないで、お部屋を下宿のような感じで使っていただいております。

是枝 最初はぼくと西川美和監督だけでしたが、そのうち若手を誘って恒例行事の合宿になりました。若い監督たちはここで自分の映画の脚本を書いたり、構想を練ったりしています。みんなここを気に入っていると思いますよ。ぼくは、とにかくほったらかしにしてくれることと、この席と、お風呂です。昼間から風呂に入る贅沢です。

 そこは小津監督と共通しているかもしれません。朝の遅い時間に入ったり、昼間に入ったり。70年前くらいのことです。そんな場所が現役で残っていることが大事だと思い、がんばっています。

是枝 がんばってください。毎年ここに来て、それまでをリセットして、「よし、じゃあ次はあそこへ向かうぞ」と風呂に入りながら決めていくのです。ほんとうは取材とか受けたくないんです。なるべく一人で居たい場所です。だから、ここが残ってくれないと困ります。大事な所だと皆さんにわかってもらえるように、やれることはやります。

 ありがとうございます。茅ヶ崎が映画ゆかりの街のひとつとしてがんばってこれたのも、是枝監督をはじめ分福(是枝監督が立ち上げた映像制作会社)の皆さまのおかげです。

是枝 とんでもないです。

 あらたまってこんなお話をするのもすごく恥ずかしいのですが、日本の映画が継続的に盛り上がっていくためには、地方の映画祭が重要だと思っています。そこで、世界中の映画祭に行かれている是枝監督に、国内の映画祭に思うこと、期待されていることお聞きしたいです。

是枝 むずかしいな。なかなかちゃんとした映画祭が日本に生まれてこないので。映画祭とはどういうものかを知ることからはじめないといけないなと考えています。東京は世界的にも珍しいほどミニシアター(単館劇場)がまだ残っていますが、全国的にはミニシアターは存続できずに淘汰されて、シネマコンプレックス(シネコン=大型複合映画館)だけになっていく傾向にあります。ミニシアターを守っていく活動の一方で、地元の人たちが自分たちの手で映画祭を開いて、シネコンにかからない映画を上映して、多様な映画を観る機会を作っていく必要があると思っています。なんとなくスターが集まって、レッドカーペットを歩いて、コンペティションがあって、授賞式をしているというのが一般的な映画祭のイメージだと思いますが、本来の目的は新しい観客と新しい作り手が育っていくことです。そういう映画祭が茅ヶ崎にも根付くといいなと思っています。

 茅ヶ崎映画祭は今年12年目を迎えますが、将来はコンペティションもと考えています。カンヌ国際映画祭の「ある視点」という部門に個人的な興味があります。「ある視点」はどんな賞なのでしょうか。

是枝 元々「ある視点」とは、賞の対象にならない部門でした。だからこそいろいろな映画が集まっていたので、カンヌは次の新しい監督を発見していく場として「ある視点」という部門を作っていました。最近のヴェネツィア国際映画祭には、「現代映画」というコンペティションの作品群とは異なる価値観で選ばれる部門ができました。するとカンヌが、賞の対象として「ある視点」のグランプリを選びはじめたので、逆に「ある視点」の意味がよくわからなくなってしまいました。

 なるほど。

是枝 コンペティションから漏れた大御所の監督作品が「ある視点」に流れてきて、コンペティションとの間を行ったり来たり繰り返すみたいな。この作品はコンペに出るけど次回作は「ある視点」でみたいな。そうなると益々色分けができなくなっちゃった。要するに「ある視点」が次点部門のようになった時期もありました。だけど、カンヌは、日々自分たちのやっていることに対して批評的に反省して更新していく作業をしていますので、ここ数年は確実に新しい作家が並ぶようになっています。あれだけ大きなお祭りになると、コンペティションは華だから必要なのだと思うけれども、必ずしもすべての映画祭にコンペティションがあるわけではなくて、本質は劇場にかからない、普段あまり観ることのない優れた映画に出会う、そこで作家を発見することが主な目的であるべきだから、発見した作品を授賞というかたちで知らしめることによって(その作品と作家が)世界的に認知され、観てもらえる機会が増えるのはすばらしいことではあります。

 腑に落ちたといいますか、すこし安心しました。規模は小さいながらも茅ヶ崎映画祭では、新人監督や若手、映画甲子園に出品されている高校生の作品なども選んで上映させてもらっています。

 高校生や大学生、若い監督は観てもらうことで育つので、そういう場所があるのはとてもいいと思います。鍛えられます。

編集部 シネコンにかからないような映画を映画祭で上映する意味、目的がよくわかりました。一方で、そういった映画をシネコンで上映してもらうためにはどう動いたらいいですか。

是枝 劇場に言うしかないと思います。おそらく、シネコンはそれぞれの劇場でプログラムの判断をしているわけではないと思いますので、中央集権的にやっていますから、でもやはり声をあげるしかないんじゃないですかね。なぜ同じ映画を5館でやらなくちゃいけないのかって。渋谷に行かなくても地元で映画を観られるようにしたい、そう思います。

編集部 ミニシアターを守っていく活動とはどんなものなのでしょうか。

是枝 日本の映画は二極化が進んでいます。年間に600本以上作られていて、そのうちの8割以上はミニシアターだけの上映ですが、ミニシアターだけでは資金を回収できません。すると、ミニシアターだけでも赤字にならない低予算で製作するしかありません。そうやって苦労して作っても上映期間は2週間です。かけなきゃいけない本数が多すぎて、1本がロングランにならないという悪循環です。ぼくがここで最初に書いた『歩いても 歩いても』の頃は40から50館、多くて70館のミニシアターで6から8週間、『誰も知らない』(2004年)は10週間の上映期間がありました。そうすると、たとえば製作費に1億円をかけてもシネコンを使わずになんとか回収できました。でもそのネットワークは崩れてしまったので、ミニシアターだけで興行が成立しなくなっています。このままでは映画の多様性がどんどん失われて、作り手も観客も育たなくなることが一番の危機感です。この悪循環をどうやって絶てばいいのか。

編集部 なにか具体策はありますか。

是枝 自分の作品でいうと、シネコンの上映がある程度終わったところで、ミニシアターを回ってティーチイン(トークイベント)するみたいな形の共存ができないだろうかと活動をはじめています。いろんな意味での意識改革がないとむずかしい。そんな簡単にはいかないと思うのです。自分を育ててくれたミニシアターを守りたいと思うのは、作り手の世界共通の意識です。上の世代なら黒沢(清)さんや周防(正行)さんもきっとそうだろうし、下の世代の深田(晃司)さん、濱口(竜介)さんもそうです。

編集部 状況は異なりますが、構造は出版・書店業界に似ていますね。

是枝 フランスでは、ハリウッド映画以外の作品をかける割合が一定数を超えるとその劇場に補助金が出ます。町の本屋さんも同様です。出版文化を残すために、町の本屋さんが潰れないように助成が出るのです。そういった映画と本をちゃんと守っていくという意識が、フランスはすごく強いのです。保護主義だという見方もありますが、映画を観る豊かな環境は守られています。日本では、もう20年前からミニシアターを守らなければまずいことになるぞという声はあがっていたのですが、一営利企業の劇場を税金で助けるのはそぐわないという判断で、ほとんど手付かずのままです。状況はコロナ禍でさらに深刻になってしまいました。そこで、深田さんや濱口さんらとミニシアター・エイド基金を立ち上げて寄付を募りました。短期間で3億円が集まり、全国のミニシアターに分配することができました。自分たちと同じようにミニシアターを守りたいと思っていた人がこんなにいたのだと救われた気持ちになりましたが、映画業界全体の構造が変わるまでには至らなかった。ミニシアターの抱える問題は自分たちの問題ではないとシネコンは思っていますから、そこの意識を変えたいのです。このままではミニシアターは無くなってしまう。出版・書店業界と構造は一緒なのだと思います。

編集部 是枝監督と森さん、本日は貴重なお時間をありがとうございました。 

writer :小島秀人(kanoa)


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INFORMATION

是枝裕和(これえだ・ひろかず)

URL 株式会社分福

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