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「居心地の良い」教室で 子どもの何が育まれるのか 西岡正樹

20・・年9月、私は、茅ヶ崎市内のA小学校に、臨時教諭として赴任しました。
初めて、4年1組の教室に入った時、私は子どもたちに訊ねました。
「みんなはどんなクラスにしたいの?ここにクラス目標があるけど、この目標通りのクラスにしたいのかな」
子どもたちは頷いています。「そうです」と、声に出してくれる子どももいました。
それを聴き、さらに、私は話を続けます。
「先生は思うんだけど、みんなが考えたクラス目標も、『人』と『言葉』、そして学年目標にある『当たり前』を大切にしなければ、達成できないんじゃないのかな。だから、みんなには是非、『人』と『言葉』そして『当たり前』を、大切にしてほしい。それができれば、きっと、みんなの目標も達成できると思うよ」
4年1組を担任し、まず子どもたちに求めたのは、「朝学校に来たら、みんなは外に出て、思いっきり遊ぶ」ということです。毎朝(雨の日以外)、子どもたちを外に出しました。初めは足が重かった子どもたちですが、外遊びの気持ち良さを味わうと、率先して外に出るようになりました。時には70歳になった私も一緒にボールを追いかけます。そして、思いっきり遊んだ後は、教室に戻ってきて、静かに10分間の読書をします。朝の読書が終わったら、みんなで朝の会を始めます。
これが朝の「ルーティン」です。これをなんとなくやるのではなく、子どもたちに活動内容を意識させ、きちんとやります。子どもたちにとって「ルーティン」は「基準」=「当たり前」の1つです。1つがきちんと出来たら、私は子どもたちに必ず言葉をかけます。
「切り替えがちゃんとできるから、先生は見ていて気持ちが良いよ」
「みんながとても静かに本を読んでいたので、先生も気持ちよく読めました」
「子どもができたことを言葉で伝える」を繰り返せば、子どもたちは「こうやればいいのか」と、自分の行動に自信が持てるようになるでしょう。
「朝の会」は、その日一日をどのように過ごすのか、それを決める時間です。だから、「朝の会」を他人ごとにしないで、自分ごととして関わること、また、「自分の考えを伝える、同時に、伝える時と同じ気持ちで、友だちの話を聴くこと」を、私は子どもたちに求めたのですが、子どもに求めるだけではなく、私が一番の聴き手になるように努めました(子どもにとって、大人は最も影響力のある環境です)。これもまた、このクラスの「基準」=「当たり前」であり、学年の「基準」にもなっていきます。
「1人ひとりを尊重し、お互いの思いや考えに耳を傾け合う」、こういう「関り方」をすれば、「教室のみんなは嫌な気持ちにはならない」という体験を、授業中でも遊び時間でも、子どもたちは積み重ねていきました。しばらくすると、落ちている消しゴムを見つけた子どもが、黒板の前に出て
「これだれのですか」
と伝えるようになりました。他人(ひと)の気持ちになって、動けるようになってきたのです。
また、ある時には、放課後早く帰宅しなければならない子どもが、朝の会で次のように発言しました。
「私は、今日の放課後に用事があるので、帰りの会を早く終わらせてください」
必要な時には、みんなに協力を求めるのです。
このように、「居心地の良さ」を感じた子どもたちは、自分の思い考えを仲間たちに伝えるようになってきました(自立性の芽生え)。すると、その頃から授業も一気に変わります。子どもたちに「聴く、話す」が定着すると、教師の話す時間がとても短くなり、次第に子どもたち中心の授業になりました。
環境が整い、子どもたちが自主的・主体的に活動し始めても、トラブルは起きるでしょう。私は「トラブルが起きない教室なんてない」と常々思っているので、どのようなトラブルも、想定内です。昔から「好事魔多し」と言いますが、うまくいっている時ほど、トラブルは起きるので、油断禁物です。
4年1組には、翼(仮名)という名の子どもがいます。翼は、元気が良くじっとしていられないタイプだけれども、勉強は良くできます。ところが、時々、解ると思っていた問題が解らなくなると、イライラして机を叩き、そして時に
「もうー、うー、何だよ」と、大きな声を出してしまうことがありました。
仲間に当たり散らすこともあります。それが目に余る時には
「分からないからって、物や他人(ひと)に当たるんじゃない」
私も声をかけますが、そうなってしまうと、周りの子どもたちはどうすることもできません。
ある日、その状態があまりに酷かったので、授業後、翼が落ち着いたところで話を聞きました。すると、翼は、次のように話してくれたのです。
「自分でもどうしていいか、わからなくなってしまう」
「そうか、それは大変だな。翼のその気持ちは誰も知らないし、迷惑をかけられることを嫌がっているみたいだし、翼が今言ったことを、みんなに知らせた方が良いんじゃないか。自分の口で伝えられる?」
と訊くと、翼は首を横に振りました。
「じゃあ、先生からみんなに話してもいいか?」
と訊いたところ、首を縦にふりました。
その後、私は、翼が話してくれたことを、クラスの子どもたちに伝えました。子どもたちは神妙な顔をして聴いています。その間、翼はずっと下を向いたまま、私の話に耳を傾けていました。
この時間が、翼のその後の行動に影響を与えたことは、言うまでもありません。他の子どもたちの翼への関わり方も少し変わりました。いつも言い争っていた蒼(仮名)が、落ち込んでいる翼に、声をかけているのを見かけたこともあります。この時から、翼にも、他の子どもたちにも、安心感が生まれたのではないでしょうか。
私が強く思っていることは、「子どもは居心地の良い教室で自分の力を発揮する」ということです。だから、学年が終わる日に、クラスの子どものすべてが「この教室にいて良かったな」と思える教室を目指しています。そのために教師がやらなければいけないことは、たくさんありますが、私がその中でも特に意識している事は、「言葉が育つ教室にする」ということです。
4年1組でも、言葉が育つ環境を創るために、私は次のことを自分に課して、半年間やり続けました。
*毎日クラス全員と言葉を交わす
*子どもと「お話ノート」を交換する
*自分が話す前に子どもの考えを聴く
*返事、お礼、挨拶など、関係を生み
出す言葉を大切にする
このような取り組みを日々繰り返すうちに、私との関係にも変化が見られるようになりました。1月に入り、私が体調を崩した時など、次のように言葉を掛け合っていました。
「今日は先生の調子が良くないので、先生に頼らず自分たちでやるようにしましょう」
「自分たちでやってみる、が『当たり前』になってきたな」そのように感じ始めた頃には、4年生としての終わりの日が見えてきました。
半年間という短い時間でしたが、子どもたちも私も、自分たちがやっていることに、大きな手ごたえを感じるようになりました。子どもたちが下校した後の教室、壁に貼られた様々な作品や記録を眺めていると、「みんなよく頑張ったね」そんな思いが、こみ上げてきます。
子どもたちとのお別れの日、最後の「学級通信」に、私は次のように書きましたので一部抜粋します。
(前省略)
後期、子どもたちは3つの大切を意識してやってきました。「人」「言葉」「当たり前」を大切にしてやってきたら、子どもの中で何かが大きく変わったのです。
不思議なことに、その何かは1人ひとり違います。
「人の話をちゃんと聴けるようになった」
「他の人にやさしい声をかけられるようになった」
「自分から勉強するようになった」
「友だちができた」
「分からないことがあったら、教えてってきけるようになった」
「あいさつやお礼が言えるようになった」
「自分のイライラした気持ちをコントロールできるようになった」
まだまだありました(子どもたちの話や「お話ノート」の中にあった変化です)。
5年生になっても大切にするものは同じです。みんながずっと「3つの大切」を心の中に持ち続けていたら、さらなる成長が見られるでしょう。
(後省略)
4年1組の子どもたちを見ていると、「子どもの本質はいつの時代も変わらない」そんな思いを持ちます。いつの時代も、子どもたちは、居心地の良い環境の中にいると、安心感を抱くだけではなく、自分で考え、言葉にし、そして、人と関り、行動するようになるようです。
私は、40数年、子どもたちの成長する姿を見てきましたが、いつの時代の子どもも面白く、刺激を与えてくれる存在です。学校でも家庭でも、子どもは環境さえ整えば、自ら育つ力があるのです(人は誰に教わらなくても言葉を習得していくことができるように)。
その環境をつくるのは、「大人の責任」ではないでしょうか。
西岡正樹 (にしおか まさき)
1976年立教大学卒、1977年玉川大学通信教育過程修了。1977年より2001年3月まで24年間、茅ヶ崎市内の小学校に教諭として勤務。退職後、2001年9月から世界バイク旅を始める。現在まで、世界延70カ国約16.5万キロ走破。また、2006年から2025年3月まで国内滞在時、臨時教員として茅ヶ崎市内公立小学校に勤務する。茅ヶ崎在住。
旅を終える度に感じることは、自分がいかに逞しくないか、ということ。そして、いかに日常が大切か、ということだ。また、旅は教師としての自分も成長させていることを、教育実践を通して感じている。著書「世界は僕の教室」日本文学館 出版 (2004年)





