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映画監督 広瀬菜々子

話題作『このごにおよんで愛など』を公開する新鋭の広瀬奈々子監督。創作のかたわら、分福では若手スタッフの取りまとめ役もこなす是枝裕和監督の愛弟子は、小津映画も大好きだ。

「これからが非常に楽しみになってきました。デビュー作はやや硬かったのですが、彼女らしくのびやかな2本目で、すごく自信を持ったなという印象です。ここからどんどんいくと思います。応援しています」と、是枝監督の期待を背負う広瀬奈々子監督。

分福の一期生として採用され、是枝監督と西川美和監督のもとで着実にキャリアを積み上げてきた。2019年に長編『夜明け』で監督デビューし、今年11月には待望の2作目『このごにおよんで愛など』が公開される。茅ヶ崎館で合宿中の広瀬監督に話を聞いた。

—— 映画監督になろうと思った きっかけからお聞きします。

子どもの頃、母はよく借りてきたDVDを夜中に観ていたんです。私もちょっと起き出して、一緒に観るようになりました。悪いことをしている気分になって、それが快感になってきちゃって。

—— なんかこう大人の世界を。

覗き見るみたいな。『ダイハード』などのハリウッドのアクション映画やラッセ・ハルストレムが好きでした。母は夜中にストレス発散のために観ていたので、多分スカッとしていたんだと思います。中学、高校くらいから作品を自分で選ぶようになって、ヴィム・ヴェンダースやジム・ジャームッシュなどを。小津はまだ観ていなかったと思います。むしろ、小津を尊敬する海外の監督ですね。ホウ・シャオシェン、エドワード・ヤン、アッバス・キアロスタミとかアキ・カウリスマキ。

—— 観る側ですね。

父がデザイナーだったこともあって、会社員になって生活する自分の姿を想像し難かったです。映画がどうやって作られるのか何もわからないまま、でもそういう裏側の世界に興味を持ちました。

—— 武蔵野美術大学では映像制作を学んだのですか。

まだふわふわしていたので、もっと広く美術や芸術の世界を学べるところから取りかかりを見つけてはじめてみようと、映像科を受けました。写真とかアニメとか、いろいろと基礎的な勉強もしましたし、でもやっぱり実写が面白いなと思いました。映画は一人で作れないということに、面白さをすごく感じました。馴れ合いで友だちと仲良くするよりも、映画というものを通して人と付き合うことが、性に合っていたんですよね。

—— ひとりの方が心地よいのだけれど。

本来的にはそうなんですけれど。

—— 一度就職したのですか。

してないです。悩み過ぎてしまって、就職活動も結局しないまま大学を卒業して、しばらくアルバイト生活をしていました。どうしようかなとずっと思いながら、半年くらい過ごしていたタイミングだったんです。是枝監督の作った分福(当時は名前もなかった)が監督助手を募集していることを知って、受けてみようかなと。本当にダメ元だったので、是枝さんを前にしても全く緊張しませんでした。何も考えずに、最近観た映画の話をして帰ってきたと思います。なんとなく、受かった気がしました。

—— 是枝監督から聞きました。

はい。学生時代にアルバイトしていたテレビ番組の制作会社の社長が、是枝さんと話してくれて。こういう子が受けると思うからよろしく頼むみたいなことを、言って下さったのですよね。(採用は)自分の力というよりも、その社長の人徳のおかげだったと思います。

—— 分福の一期生になりました。

すぐに『ゴーイング マイ ホーム』の制作がはじまって、編集のお手伝いや脚本のリライトを。監督は全部手書きなので、それを私たち監督助手がタイプしてプリントアウトして、感想をお伝えして、さらに書き加えていく。その作業が、撮影期間中エンドレスに続きます。今日撮ったものをその日に現場でつなぎたい監督なので、ロケバスでかっくんかっくん眠気に耐えながら、ビジコン(フィルムカメラで撮影した映像を確認するためのビデオアシスタントシステム)に録画したデータをパソコンに取り込んでつなぎます。今はもっとデータ転送が早くなりましたけど、昔はビデオだったので、ガチャってやってテープに。

—— それを監督に持って行って。

編集してもらっている間に、またタイプして、脚本の直しが出てきたら、さらにタイプして。今はこんな働き方していませんが、昔は本当にエンドレスでした。

—— そうやって現場の仕事を経験していくのですね。

はい。分福は監督助手の期間が3年と決まっています。3年過ぎたら卒業です。

—— 卒業するとどうなるのですか。

デビューしなければいけないというプレッシャーに押しつぶされそうになりながら、撮らない限りこの業界で続けていけないので、監督助手の間に一生懸命企画を書きました。でも間に合わなかったので、4年目に西川の『永い言い訳』に付かせてもらいました。5年目に『つつんで、ひらいて』(装幀者・菊地信義さんのドキュメンタリー)を撮りはじめました。

—— 初監督作は『夜明け』

寝る時間もなかったし、プライベートもない。友達もどんどん失っていくしみたいな。でも、ただただ楽しくて気が付いたら3年過ぎていました。早く、早く撮らなきゃと思って頑張って書き上げたのが、『夜明け』でした。

—— 不思議な余韻が残ります。柳楽優弥さんよかったです。

ありがとうございます。当時の柳楽さんのよい意味での青々しさと、繊細なお芝居のトゲトゲした痛々しさと、うまい具合に絶妙に混ざりあって。デビュー作はすごく運が良かったといいますか、本当に巡り合わせだったと思います。是枝の『誰も知らない』でデビューした柳楽さんを意識して(主演を)お願いしましたし、積み重ねてきた運と縁をちょっとお裾分けしてもらって作らせてもらった、そんな映画なのかなと思います。

—— 茅ヶ崎映画祭の上映作品です。

自由に観ていただけたらと思います。当時は震災後のちょっと重たい空気があった中での、自分の中の鬱屈としたものも吐き出したような作品だったので、今この時代に、よりちょっと深刻な空気もまとった中でどういうふうにご覧になるのか、すごく楽しみです。

—— そして待望の長編第2作目です。

時間はかかってしまったのですが、2作目がようやく撮れたので、(監督として)ちょっと軌道に乗りはじめたというところです。分福にいる14年の間に50本くらい企画を書いているのですが、その中から少しでも芽の出そうなものをちょっと膨らませて、お金が集まらなくてダメで、またこれならいけるかなと思って膨らませて、みたいなことを延々繰り返しています。その中の一つです。 

——お金を集めるのも監督の仕事ですか。

基本はプロデューサーです。最初のプロデューサー探しは、ひとつ乗り越えなきゃいけない部分ではありますけれど、座組というか、製作委員会みたいなものを作るのはプロデューサーの仕事なんです。

—— 台湾のカメラマンも自分で選ばれたとか。

縮こまったことをやりたくないなと思って。『夜明け』はやりたいことをやれたのですが、ちょっと閉じた世界になってしまったかなという部分もあり、できるだけ外へ開いた2作目にしたいと思いました。心構えとしても、前の作品と全然違う作風のものを作っていきたい、自分のイメージを固定化させたくないなという気持ちがあって、今回は結構いろんな冒険をしました。衣装も、映画の経験がほぼないようなファッションの方にお願いしました。

——テーマは形の整っていない家族ですか。

家族にこだわっているというよりは、名付けようのない関係みたいな、壊れてしまいそうな、そういう関係性に興味があります。ふっと面白いかもと思って、シチュエーションみたいなところから考えはじめて、この具材とこの具材を一緒に煮たらどうなるのだろうかみたいな。かなり楽しくテンポよく書けました。それがみんなにも伝わって、いいねいいねって言ってくれたので、ノリに乗って書くことができました。

—— 俳優陣もすごいです。

第一線で活躍されている方々が、奇跡的に集まってくださったと思います。なにより、長澤まさみさんを座長に決められたことが、他の方にも影響しているのかなと思います。長澤さんがはじめてセリフを読んだ時は、本当に嬉しかったですね。自分が書いたものを役者さんが読んでくれた時が、一番嬉しい瞬間かもしれないですね。イメージしたものから外れることも、全然違うものになることもありますけど、それがむしろ楽しいというか、それによって発見することもたくさんあります。自分の書いたセリフが、どういう風にこの人を通して響くのかっていうことに気付けるんです。

—— ひとり立ちです。

アルバイトもせずギリギリ映像だけで、よくここまでやって来れたなと思います。本当にここ数年ですね、この世界でやっていけるかもって思えるようになったのは。アルバイトしている子もいます。弁当配達しながら脚本を書いてる子もいますし、副業しながらこれからデビューしようって子もいます。

—— 人生をかける仕事なんですよね。

美談にするつもりはないです。この年齢なりにみんなが手に入れているもの、家とか車とかお金とか生活的な余裕とか、そういうものを犠牲にしてきたかもしれないのですが、犠牲と思ったことはないです。映画にかけてきたというつもりもなくて、ひたすらやりたいことをやってきただけです。たくさんの幸運に恵まれて、たくさんの人に支えてもらって、助けてもらって2作目を撮ることができました。これからは、できるだけ若い子たちにも返していけるようになりたいなと思います。もらってばっかりのここまでだったので。

—— 合宿ではまとめ役だとか。

最初の頃からですから、茅ヶ崎館とも14年のお付き合いです。構想を練ったり、ラフを描いたり、脚本を書く合宿です。本当に贅沢な場所です。是枝の執筆のタイミングで、一緒に参加させてもらいました。今は後輩たちも増えたので、私がみんなのまとめ役です。茅ヶ崎館には、本当にいろんな思い出があります。ちょうどお祭りの時期にお神輿を見に行った記憶もあります。みんなでものすごい数の企画を出し合って、面白かったものに順位つけて、1・2・3位にお小遣いが出るみたいなことをゲーム感覚でやったり、スイカ割り、花火もしました。

—— 最後です。好きな小津映画は。

『東京暮色』と『お茶漬けの味』ですかね。

—— 合宿の貴重な時間をどうもありがとうございました。

広瀬奈々子
1987年神奈川県生まれ。武蔵野美術大学卒業。2011年より分福に所属。是枝裕和監督、西川美和監督のもとで監督助手を務める。19年に、秘密を抱えた青年と木工所の男の親子のような関係を描いた『夜明け』でオリジナル脚本・監督デビュー。第23回釜山国際映画祭出品。第19回東京フィルメックスでスペシャル・メンション、第34回高崎映画祭で新進監督グランプリを受賞。同年12月に装幀者・菊地信義を追ったドキュメンタリー映画『つつんで、ひらいて』を発表。第20回東京フィルメックスでスペシャル・メンションを受賞。ドラマ『潤一』で3話、5話の監督を担当したほか、朝日放送テレビの連続ドラマ『それでも愛を誓いますか?』ではメイン監督を務めている。

2026年11月27日公開
第31回 釜山国際映画祭〈釜山アワード部門〉正式出品

『このごにおよんで  愛など』

絵本作家の小島詩(長澤まさみ)と保険会社に勤める小島杜夫(柄本佑)は、結婚3年目の夫婦。詩は「そろそろ子どもをつくらない?」という杜夫の提案をはぐらかしながら、担当編集者であり恋人の倉持潤奈(石橋静河)と関係を続けている。どちらかを選ぶことも、杜夫と子どもをつくることもピンとこない詩。ある日、3人で楽しい時間を過ごしたことをきっかけに、詩は「3人でこの家に住む」ことを思いつく。自分勝手な提案に怒りをあらわにする杜夫と潤奈だが、ある出来事をきっかけに3人の関係が変わっていく—。愛する人と共に生きることに迷い悩む、多様な愛の物語。

茅ヶ崎映画祭で上映

『夜明け』

ある日、川辺を歩いていた初老の哲郎は、水際に倒れていた青年を見つける。哲郎の自宅で介抱された青年は自ら「シンイチ」と名乗った。哲郎は自身が経営する木工所でシンイチに技術を教え、周囲もシンイチを受け入れていく。しかしシンイチは本名を明かすことができないある秘密を抱えており、哲郎もまた決して忘れることができない過去があった。

映画祭上映後は広瀬監督によるトークを予定
10月18日(日)
18時30分より受付、19時上映開始料金1,000円 定員50名 茅ヶ崎館

文章:小島秀人 kanoa
写真:位田明生

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