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農業者は常に悩んでいる 伊右衛門農園の悩耕な日々

vol.6 「家事」は未来への種まき
— 炊事も、家事も、子育ても、未来への贈り物 —

炊事は、ただ食事を作るためだけのものではない。そこには、親としての責任を果たす営みがあり、同時に子どもたちが将来を生きていくための大切な「パーツ」を、一つひとつ手渡していく役割がある。献立を考えること、食材を選ぶこと、旬を知ること、無駄を出さずに使い切ること、家族の体調を気遣うこと。そうした積み重ねのすべてが、「生きる力」の土台になっていく。
親が子どもへ注ぐ時間や手間は、見返りを求める投資ではなく、未来への贈り物だからだ。その価値は、すぐには見えない。けれど、今日の一食は、十年後、二十年後に「あのとき家で食べた味」として心に残り、いつしか自分の子どもへ料理を作るときの原点になっているのかもしれない。
毎日続けている炊事や掃除、洗濯。どれだけ時間をかけても、誰にも気づかれない日がある。当たり前と思われ、報われないように感じることもある。それでも、その積み重ねが家庭を支え、家族に安心できる居場所をつくっている。
その価値は、すぐには見えなくても、決して消えるものではない。人は、育った環境を無意識のうちに次の世代へ受け渡していく。だから今日の積み重ねは、未来の糧になる。
長く曇り、雨の多かった今年の梅雨。育てたスイカは、正直なところ思うような結果ではなかった。期待したほどの食味にはならず悔しさは残ったが、シーズン前に希望を込めて導入した新品種には確かな可能性を感じた。環境や育て方を工夫すれば、もっと大きく伸びる余地がある。今年の結果だけを見れば「イマイチ」と言われるかもしれない。それでも、今季で得た経験や気づきは、来年以降の成功へと確実につながっている。
家事も子育ても、畑に種を蒔くことと同じだ。種を蒔いたその日に実はならない。目には見えなくても、土の中では確かに根を張り、やがて芽を出し、時を重ねて実を結ぶ。だから今日の積み重ねは、未来へ向けた種まきなのだ。
目先の成果だけを追うのではなく、未来を信じて積み重ねること。今すぐ報われなくても、誰かの人生を少しでも豊かにできると信じて行動すること。
結局、多くの事柄は一つに集約される。それは、生きる姿勢であり、未来への想いである。自分のためだけに生きるのではなく、次の世代へ何を残せるかを考えられる人こそ、本当の意味で成熟した人なのだと思う。目先の評価、報われない日々に負けない。いまの結果だけで自分を否定しない。未来を信じて、今日も種を蒔き続けよう。その一粒が、いつか誰かの人生を支える大きな実り(きぼう)になるのだから。
旬の野菜マメ知識
伊右衛門農園の今旬は、南瓜!
〜極上への道〜
最適期収穫に狙いを定めた季節の目を通すような栽培

原産地:西洋カボチャは、南米、アンデス山脈周辺。 日本カボチャやペポカボチャは中央アメリカ付近
栽培自体は比較的簡単、ふつうに美味しくもなる。ただ、安定的に極上のカボチャを出荷するとなると途端にハードルが上がるのが南瓜。梅雨明け頃の強烈な日差しに合えば途端に果実焼けを起こしてしまう。その状況下でデンプン(甘みの素)が最大限に乗り切るまで畑で待てるか。並の生産者なら果実焼けに怯え、早めに一斉収穫してしまうこともあるのは理解はできる。(たった一日で畑丸まるの南瓜が売り物にならなくなってしまう果実焼けは恐ろしい)だたそれが、残念なカボチャやハズレに出会ってしまう主な原因でもある。南瓜とは生産者の収穫精度がモロに出てしまうのだ。
じゃなんで伊右衛門農園の南瓜は個体差なく
安定して極上にウマいのか!?
それは、まだ霜も降りるような低温期に種をまき栽培を前倒しにし、強日差しが来る前に畑でデンプンをのせきった完熟南瓜を安定して一斉収穫することを可能にしたから。そして、そんな南瓜を収穫後は2週間ほど置いて追熟、どれをとってもデンプンの糖化が進んだものを満を持して用意できるからなのです。
三橋清高 Kiyotaka Mitsuhashi
伊右衛門農園で働く野菜栽培中毒者兼園主(特技は観察)。茅ヶ崎海辺の朝市の主要創始メンバー。茅ヶ崎市農業推進委員。5児のシングルファザー。自称・新鮮地野菜カンタン調理自炊王。感覚的には、「野菜を作る」というより、『野菜と人の未来』を創りたい。
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INFORMATION
伊右衛門農園直売所 香川7-10-23
| 住所 | 香川7-10-23 |
|---|---|
| 営業時間 | 月〜金曜:9:30〜 なくなるまで。土曜は「海辺の朝市」にて8:00〜 販売 |
| 定休日 | 日曜休み |
| URL | 伊右衛門農園FB |




